運動会になぜ徒競走がないか。

この時期、小中学校は運動会の花盛りのようですね。聞くところによると、もうだいぶ前から運動会では「50m競争」など順位がつくプログラムを組まない学校が増えているらしいですね。理由は「児童にムダな競争をさせない」「順位をつけることによって差別やイジメなどが起こりやすくなる」などなどその他もっともらしい理由を沢山聞いたことがあります。
が、今年から小学校の教諭になった娘から、それはまるで違う理由からではなかったかと思わせる話を聞いた。
娘の学校ではまだ徒競走をやっている(私はそれはいいことだと思う)。先生の中から「写真班」というのが作られ、ゴールで写真を撮るという仕事があるのだそうだ。「記念」のためではなく「判定」のためにだそうだ!!しかしこれがなかなか難しい。正面から撮ったのでは微妙な差が判定できない。かといってゴールラインの横から撮っても、人物が重なって判定不能な写真となることも多い。どうするのがいいのかは娘から聞かなかったが、ともかく真剣に写真班は仕事をしなければならない。何故そんなことをするかというと、着順にPTAがウルサイからだという(-"-) 中には着順だけでなく、「コース取り」にまで文句をつける親もいるらしい。「ウチの子が一番外側なんて絶対おかしい、一体どういう基準でウチの子を外側にしたのか教えなさい。もっと普段からウチの子を見ていれば真ん中のコースがふさわしいと分かったはずです!」などなどとイチャモンを付ける親が必ずいるのだそうだ。まして着順を誤って判定された親は黙っていない。そこで写真判定にもつれ込むのだそうだが・・・。一体どういう親の育ち方をしたのだろうか(*_*; 運動会は着順が大切なのでなく、各自が持っている力を出して何かに挑戦する、その一生懸命さを称える場であるはず。おそらく娘の働く学校は校長先生が毅然としてそのことを親に伝えようとしているから徒競走を続けているのだろう。しかし、親のクレームを極力避けようとする学校は徒競走を運動会から外すことになるでしょう。
そういったいきさつから、最近の運動会には徒競走がないという流れになったやもしれぬ、という視点を、娘の話から得た次第。
実際は知らぬが、学校に勤めるということは、生徒と仲間の教師と、PTAを相手にしなければならず大変なことだ。
スポンサーサイト

庭にくる鳥

一カ月ほど前に鳥のエサ台を買った。8月のことです。鳥や自然に詳しい人にきいたら、夏でもエサ台を庭に置いてなんら問題はないということだった。私が以前聞いた話では、野鳥のための庭のエサ台は冬だけにすべきである、ということだった。様々な理由があるようだが、最近は夏でもOKという理論になったようなのです。
難しいことはさておいて、私の信頼する方がそういうので、遠慮なく庭にエサ台を置くことにした。しかしそう簡単に鳥は来てくれない。夏はわざわざエサ台に来なくても自然界にはエサは豊富なのですね。待つこと数週間。数日前に、やっと来てくれた!♪ しかし鳥は警戒心が強い。見ていると、チョコンとエサ台に来てはすぐにサっと飛び立っていく。辺りをキョロキョロしてはまたやってきて、すぐに去っていく。まるでエサ台が何かのおとりか罠ではないかと心配しているようです。エサのヒマワリの種を覗いてはすぐに飛び去り、近くの木の葉陰に隠れ様子をみている。やがてまたヒマワリの種の誘惑にまけて近づくが、ついばむかと見せてさっと逃げていく。その様子がとても面白い。そんな攻防(といっても彼の一人相撲だが)が二日ばかり続いて、ついに今日は数羽の仲間を連れてきてくれて、おとなしくエサをついばみ始めた。やった!私は一人で快哉を叫びました(^^)v ついに彼らに認知されたのであります♪ 嬉しいなあ。今日だけでもシジュウカラ、ホオジロ、ヤマガラ、などなど。来るときは来るんだなあ。彼らの間にはどういう連絡網があるのだろうか。明日は水浴び用の水も替えなくちゃ。
という老後生活の楽しみが一つ増えたのです。で、今日は何故か40年ほど前に買った朝永振一郎の「庭にくる鳥」という本のことを思い出した。本棚を探したらあったあった。1965年にノーベル物理学賞を受賞した博士の随筆集である。私が26歳の頃買った本だが、奥付や著者略歴などから判断すると、朝永振一郎がこの本を書いた歳がたぶん丁度今の私と同じ60代後半と思われ、ちょっと感慨深い。朝永博士と自分とを比べるのもおこがましいが、ヒトはこのくらいの歳になると、それまであまり興味がなかった自然界のことどもに、心をふるわせるようになるらしい。そろそろ自然に帰る準備か?
朝永博士が面白いのは、エサ台の上に残されたフンを集めては保存し、4月ごろ鉢にまく、というのである。そうすると入梅の頃からいろいろなものが芽が出てくるらしい。双葉のころは何の芽かわからないが、本葉がでるとおよその見当がつく。じっくり秋までまつと、ツタ、アオキ、ナツメ、オモト、ツルバラ、などなどと分かるので、楽しみである、というのだ。いや~さすが学者さんだ。観察することに命をかけている(?)。
私はそこまで気が長くないので、フンを鉢にまきはしないが、老後の楽しみとしては、庭にくる鳥とエサの関係、および種の違う鳥たちとの関係性をじっくり調べてみるのも面白いと思っている。ネットで調べればミカンを置くと何がきて、リンゴを置くと何が来る、メジロは自分より大きい鳥たちにもまけずエサを食べにくるなんてことは出ている。が、私の長年の経験(ホタルの観察を10年以上継続したことがある)では、生き物には個体のクセや地域性などがあり、必ずしも教科書通りには行動しないものだと理解しているので、わが庭にくる鳥は、一体どんな教科書に書いていない行動をとってくれるかが、楽しみなのであります。ときどき日記に書きますね。
2016-9-12.jpg

かみさんの誕生日

娘からラインがあって「お母さん、誕生日おめでと~」だって。え?そうか、今日はかみさんの誕生日か!と知った次第(^^; 娘からのラインで妻の誕生日を思い出すようでは夫失格だが、ま、毎年そんな感じだから特にどうってことはアリマセン。が、「じゃあ」ということで、夕食は外に食べにでかけた。
といっても特別なレストランという訳ではなく、いつも普段食べに行っているフツーの田舎の食堂です。こういう所の方が、メニューの中身は知っているし、店の雰囲気は知っているし、気がおけなくて話しが弾む。

かみさんのご両親が思いがけなく早く彼岸へ旅立ってしまったことによって、予定より早くペンションを閉じることになったが、それが今となっては全ての事柄が順調に回り始めた要因になっていることに気づいたかみさんは、「目に見えぬ力の存在」あるいは「天の采配」といったものにとても感謝し、驚いている。そういう力がかみさんを、あるいは私たちを包んでくれているような気配を感じてさえいる。思ってもいなかったことが起きてそれが良い結果に繋がっていったり、思っていたことが現実になったり、という幾つかのその証拠(?)はあるのだが、それは書かないことにしよう。
八ヶ岳に青龍が住んでいることは25年前から感じている私たち。ペンションを閉じても八ヶ岳を舞台にあれこれ活動していこうと考えている私たちに、青龍も力を貸してくれているに違いない。
ペンションを始める前から「ペンションを卒業したらやろう」と決めていたことを、既に始めているかみさんの動きに、私はとても興味があるし、応援もしている。きっと素晴らしい結果をもたらすに違いない。これからの人生を与生(余生ではなく)と考えている私たちは、せっかく与えられた人生をどうやって楽しみ、社会とも関わっていけるかを、わくわくしながら考え実行していこうと、そんな話で盛り上がったかみさん○歳の誕生日の夕食でした。

40年前の今日

今朝、「オレゴン州ユージーンへ向かうAMTRAKのバスの中で一人の日本人と出会った。話をすると私と同じ目的でバスに乗っていることが分かった!と、40年前の今日の日記に書いてある」と興奮して私にしゃべりかける一本の電話があった。一方的に私の事を昔のあだ名で呼びかけ、しきりに「誰だか分からない?覚えてない?この声?」と言う。最初の2秒戸惑ったが、すぐに思い出した(^^)v
大久保君だ! 確かに40年前の初対面はアメリカ横断バスの中だった。
40年前の5月15日、私はアメリカ建国200年を記念したアメリカ商務省主催の「アメリカ大陸横断自転車ツアー」に参加するべく、それまでいたフロリダのマイアミからAMTRAKに乗ってオレゴン州ユージーンに向かっていたのだった。そしてそのバスの中で私も一人の日本人と出会った。それが大久保君なのだった。

それから約3か月、世界中から集まったツアー参加者が10人ずつの小さなグループに分けられ(幸運にも大久保君と私は同じグループだった)、約6.000kmのアメリカ大陸横断自転車珍道中を繰り広げたのだが、その話はまた別の機会に。

68歳になった彼はこの時期になると時々当時の日記を出しては、その後の人生の羅針盤ともなった「アメリカ横断自転車旅行」のことを思い出し、自分の今の人生を「あ~あの時いろいろ経験させてもらったおかげだなあ」と懐かしむのだそうだ。何年かぶりに今朝もまた日記をひっくり返していたら、私の名前が出てきて、矢も楯もたまらず電話をかけてきて下さった、ということだった。嬉しいじゃありませんか。 私も2秒後には40年前に戻って、当時の様々な事柄が懐かしく思い出されてき、お互いに長話をしてしまい、現在の健康を喜び合った(歳だなぁ)(^^♪

私たちが通ったあのルートはその後、建国200年を記念した「トランスアメリカ」として残され、「ルート76」という愛称までつけられて、自転車ファンたちに愛されているのだという。「76」というのは、そのツアーが行われたのが「1976」だから(だと想像される)。

古き良き「ルート66」は今や廃道になっているそうだが、この「ルート76」は愛されているというからとても嬉しい。歳をとったら(って、もうとっているのか?)行きたい候補地がまた一つ増えてしまった。

大久保君、素敵な電話をありがとう。声というのは歳をとらないものだね、あのしゃべり方、あの笑い方は全く28歳の大久保君だったよ。

写真はどなたかのネットから拝借しました。噂通り標識の一番下に「76」というのがある(^^)v
トランスあめりか


たまたま今日私は、50歳を超えて新しいバスに乗り、次の世界を切り開こうとしている勇気ある女性の大応援会(?)のような会に行くところでした。何歳になってもバスには乗ってみるべきだと、彼女を見て思わざるを得ません。私もなんどかバスを乗り換え乗り継ぎしてここまで来ましたが、私の乗ったバスはいわばローカル路線(^^; 乗り間違えてもなんとかなります。しかし彼女の乗るバスは言わば、しかるべきターミナルできちんと乗車手続きをして、高速道路経由で目的地を目指すバスですから、乗り間違えたら大事になりかねません。勇気ある彼女に大拍手です。
思いがけず今朝、このような電話を受けたということは、彼女の出発を応援している私にとってはとても朗報であると受け取ることが出来ました。神様の啓示です♪ ほんとうに元気づけられた朝でした。ではこれから「大応援会」に行ってきます。

家族旅行2016年3月

山陰山陽四日間の家族旅行に出かけて来ました。出発前日に靴を買いに出かけて偶然大森たつし君に出会い、思いがけない旅行先のアドバイスをもらった事で、旅の楽しさが何倍にもなりました。島全体がアートしている直島を勧めてくれたのですが、いやー素晴らしかった。中でも「地中美術館」の体感型アートに感動。若い人、女性、外国人であふれていたことにも驚きました。
足立美術館でも庭園を見せる為に建物に仕掛けられた工夫の数々と、来館者の多さに驚きました。こちらは想像通り年配者ばかりでしたが、後から後から来館者が来られます。館内はとても広いので、観光バスが何台来ても問題ありません。新館の現代美術館の絵画も見応え充分でした。
大原美術館は定番・安定の人気館として老若男女で賑やかでした。
こんなに世の中に「美術館」が支持されていたなんて^^; 実は知りませんでしたが、見て納得です。
今や、美術館はただ単に展示物を見せるだけの建物ではないのですね。
動物園がただ単に動物を檻に入れて入場者に見せる、というだけのアトラクションではなくなったと同様に、美術館も、テーマパークとしての要素なども取り入れて、参加型、体感型の美術館へと進化していたのですね。知りませんでしたm(._.)m
斬新なアイディアとそれを実現する情熱、明確なターゲットとそこに届ける広報の徹底が実現されれば、どんな田舎のどんな不便な場所でも、人で一杯になることを、この目で確認できた事が、一番の収穫かな。大森君、ありがとう。芸術全般と美術館を観る目が変わりました。
ところで、直島散歩中に出逢った鏡舞台。どこからどこまでが虚像か、分かりますか?
IMG_4274.jpg

雪の朝散歩

久しぶりに晴れた雪の朝。今冬はまず雪が降らなかった。降っても翌日は曇天だった。八ヶ岳南麓らしく「雪が降った翌日の眩しいくらいの青空」にお目にかかれなかった今冬としては、これが最後にして最初の貴重な光景だ。名残雪としては上出来。「雪の降った日の晴れた翌日」というのは昔からカメラを持って歩く習慣がある(^^; きっと多くの人もそうしているに違いない。
では行ってきます。
25年前、ここから写真を撮ると一軒の家もなかったはずだが、いつの間にか家が増えた。
3-15-1n
八ヶ岳を眺めてみると、やっぱり建物が増えた。なるべく建物が入らないように撮ってみたが、25年もたっているのだから建物ぐらい増えるよなぁ(^^;。
3-15-2n
でも、このカーブは変わらない、遠くに富士山が見えて、好きだなあ。星も朝陽も、このちょっと先から見るのがいい。
3-15-3n
カーブの先から眺める南アルプスもいい。ここも建物だらけになってしまったが、なんとなく建物のあるこの風景は気に入っている。
3-15-4n
ほぼ360度回り込むような散歩道を歩いています。一番右はシングルハットになったペアハットです。もうすぐこれも無くなるから貴重なショットだね。
3-15-5n
さあ、いよいよ来ました、大規模別荘開発地。といっても昔から泉郷のテニスコートだったので、山や森を崩しているわけではない。ここでよく子供たちを遊ばせた思い出が崩されていくのみ
3-15-6n
この地面がすべてテニスコートだった
3-15-7n
三分一湧水公園。そば屋側の入口
3-15-8n
子供たちが通った保育園は、今は遊具のある公園になっている。
3-15-9n
三分一湧水。村一番の名勝です。
3-15-10n
ゆうすいばし
3-15-11n
ゆうすいばしから我が家方面を見る。あれ?
3-15-12n
画面にゴミかな??
3-15-12-1n
なんだかなあ(^^;
3-15-12-2n
ま、次行きましょう。相変わらず静かな公園。歩きやすいなあ(^^♪
3-15-13n
そして川沿いの道をチョイス。いろいろな思い出のある高川です。
3-15-14n
ここから見る我が家もいいものです。だいぶ家も出来上がってきたね
3-15-15n
のんびり歩いても30分のお手軽散歩でした。
最後に、今日の1枚。
3-15-16n
画像は白っぽくなってしまったが
今日を象徴する1枚だ。
雪の朝
開発中の重機の向こうにシングルハットと新築中の我が家
その背後に変らぬ甲斐駒ケ岳の雄姿。