かみさんの誕生日

娘からラインがあって「お母さん、誕生日おめでと~」だって。え?そうか、今日はかみさんの誕生日か!と知った次第(^^; 娘からのラインで妻の誕生日を思い出すようでは夫失格だが、ま、毎年そんな感じだから特にどうってことはアリマセン。が、「じゃあ」ということで、夕食は外に食べにでかけた。
といっても特別なレストランという訳ではなく、いつも普段食べに行っているフツーの田舎の食堂です。こういう所の方が、メニューの中身は知っているし、店の雰囲気は知っているし、気がおけなくて話しが弾む。

かみさんのご両親が思いがけなく早く彼岸へ旅立ってしまったことによって、予定より早くペンションを閉じることになったが、それが今となっては全ての事柄が順調に回り始めた要因になっていることに気づいたかみさんは、「目に見えぬ力の存在」あるいは「天の采配」といったものにとても感謝し、驚いている。そういう力がかみさんを、あるいは私たちを包んでくれているような気配を感じてさえいる。思ってもいなかったことが起きてそれが良い結果に繋がっていったり、思っていたことが現実になったり、という幾つかのその証拠(?)はあるのだが、それは書かないことにしよう。
八ヶ岳に青龍が住んでいることは25年前から感じている私たち。ペンションを閉じても八ヶ岳を舞台にあれこれ活動していこうと考えている私たちに、青龍も力を貸してくれているに違いない。
ペンションを始める前から「ペンションを卒業したらやろう」と決めていたことを、既に始めているかみさんの動きに、私はとても興味があるし、応援もしている。きっと素晴らしい結果をもたらすに違いない。これからの人生を与生(余生ではなく)と考えている私たちは、せっかく与えられた人生をどうやって楽しみ、社会とも関わっていけるかを、わくわくしながら考え実行していこうと、そんな話で盛り上がったかみさん○歳の誕生日の夕食でした。
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40年前の今日

今朝、「オレゴン州ユージーンへ向かうAMTRAKのバスの中で一人の日本人と出会った。話をすると私と同じ目的でバスに乗っていることが分かった!と、40年前の今日の日記に書いてある」と興奮して私にしゃべりかける一本の電話があった。一方的に私の事を昔のあだ名で呼びかけ、しきりに「誰だか分からない?覚えてない?この声?」と言う。最初の2秒戸惑ったが、すぐに思い出した(^^)v
大久保君だ! 確かに40年前の初対面はアメリカ横断バスの中だった。
40年前の5月15日、私はアメリカ建国200年を記念したアメリカ商務省主催の「アメリカ大陸横断自転車ツアー」に参加するべく、それまでいたフロリダのマイアミからAMTRAKに乗ってオレゴン州ユージーンに向かっていたのだった。そしてそのバスの中で私も一人の日本人と出会った。それが大久保君なのだった。

それから約3か月、世界中から集まったツアー参加者が10人ずつの小さなグループに分けられ(幸運にも大久保君と私は同じグループだった)、約6.000kmのアメリカ大陸横断自転車珍道中を繰り広げたのだが、その話はまた別の機会に。

68歳になった彼はこの時期になると時々当時の日記を出しては、その後の人生の羅針盤ともなった「アメリカ横断自転車旅行」のことを思い出し、自分の今の人生を「あ~あの時いろいろ経験させてもらったおかげだなあ」と懐かしむのだそうだ。何年かぶりに今朝もまた日記をひっくり返していたら、私の名前が出てきて、矢も楯もたまらず電話をかけてきて下さった、ということだった。嬉しいじゃありませんか。 私も2秒後には40年前に戻って、当時の様々な事柄が懐かしく思い出されてき、お互いに長話をしてしまい、現在の健康を喜び合った(歳だなぁ)(^^♪

私たちが通ったあのルートはその後、建国200年を記念した「トランスアメリカ」として残され、「ルート76」という愛称までつけられて、自転車ファンたちに愛されているのだという。「76」というのは、そのツアーが行われたのが「1976」だから(だと想像される)。

古き良き「ルート66」は今や廃道になっているそうだが、この「ルート76」は愛されているというからとても嬉しい。歳をとったら(って、もうとっているのか?)行きたい候補地がまた一つ増えてしまった。

大久保君、素敵な電話をありがとう。声というのは歳をとらないものだね、あのしゃべり方、あの笑い方は全く28歳の大久保君だったよ。

写真はどなたかのネットから拝借しました。噂通り標識の一番下に「76」というのがある(^^)v
トランスあめりか


たまたま今日私は、50歳を超えて新しいバスに乗り、次の世界を切り開こうとしている勇気ある女性の大応援会(?)のような会に行くところでした。何歳になってもバスには乗ってみるべきだと、彼女を見て思わざるを得ません。私もなんどかバスを乗り換え乗り継ぎしてここまで来ましたが、私の乗ったバスはいわばローカル路線(^^; 乗り間違えてもなんとかなります。しかし彼女の乗るバスは言わば、しかるべきターミナルできちんと乗車手続きをして、高速道路経由で目的地を目指すバスですから、乗り間違えたら大事になりかねません。勇気ある彼女に大拍手です。
思いがけず今朝、このような電話を受けたということは、彼女の出発を応援している私にとってはとても朗報であると受け取ることが出来ました。神様の啓示です♪ ほんとうに元気づけられた朝でした。ではこれから「大応援会」に行ってきます。

家族旅行2016年3月

山陰山陽四日間の家族旅行に出かけて来ました。出発前日に靴を買いに出かけて偶然大森たつし君に出会い、思いがけない旅行先のアドバイスをもらった事で、旅の楽しさが何倍にもなりました。島全体がアートしている直島を勧めてくれたのですが、いやー素晴らしかった。中でも「地中美術館」の体感型アートに感動。若い人、女性、外国人であふれていたことにも驚きました。
足立美術館でも庭園を見せる為に建物に仕掛けられた工夫の数々と、来館者の多さに驚きました。こちらは想像通り年配者ばかりでしたが、後から後から来館者が来られます。館内はとても広いので、観光バスが何台来ても問題ありません。新館の現代美術館の絵画も見応え充分でした。
大原美術館は定番・安定の人気館として老若男女で賑やかでした。
こんなに世の中に「美術館」が支持されていたなんて^^; 実は知りませんでしたが、見て納得です。
今や、美術館はただ単に展示物を見せるだけの建物ではないのですね。
動物園がただ単に動物を檻に入れて入場者に見せる、というだけのアトラクションではなくなったと同様に、美術館も、テーマパークとしての要素なども取り入れて、参加型、体感型の美術館へと進化していたのですね。知りませんでしたm(._.)m
斬新なアイディアとそれを実現する情熱、明確なターゲットとそこに届ける広報の徹底が実現されれば、どんな田舎のどんな不便な場所でも、人で一杯になることを、この目で確認できた事が、一番の収穫かな。大森君、ありがとう。芸術全般と美術館を観る目が変わりました。
ところで、直島散歩中に出逢った鏡舞台。どこからどこまでが虚像か、分かりますか?
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雪の朝散歩

久しぶりに晴れた雪の朝。今冬はまず雪が降らなかった。降っても翌日は曇天だった。八ヶ岳南麓らしく「雪が降った翌日の眩しいくらいの青空」にお目にかかれなかった今冬としては、これが最後にして最初の貴重な光景だ。名残雪としては上出来。「雪の降った日の晴れた翌日」というのは昔からカメラを持って歩く習慣がある(^^; きっと多くの人もそうしているに違いない。
では行ってきます。
25年前、ここから写真を撮ると一軒の家もなかったはずだが、いつの間にか家が増えた。
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八ヶ岳を眺めてみると、やっぱり建物が増えた。なるべく建物が入らないように撮ってみたが、25年もたっているのだから建物ぐらい増えるよなぁ(^^;。
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でも、このカーブは変わらない、遠くに富士山が見えて、好きだなあ。星も朝陽も、このちょっと先から見るのがいい。
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カーブの先から眺める南アルプスもいい。ここも建物だらけになってしまったが、なんとなく建物のあるこの風景は気に入っている。
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ほぼ360度回り込むような散歩道を歩いています。一番右はシングルハットになったペアハットです。もうすぐこれも無くなるから貴重なショットだね。
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さあ、いよいよ来ました、大規模別荘開発地。といっても昔から泉郷のテニスコートだったので、山や森を崩しているわけではない。ここでよく子供たちを遊ばせた思い出が崩されていくのみ
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この地面がすべてテニスコートだった
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三分一湧水公園。そば屋側の入口
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子供たちが通った保育園は、今は遊具のある公園になっている。
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三分一湧水。村一番の名勝です。
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ゆうすいばし
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ゆうすいばしから我が家方面を見る。あれ?
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画面にゴミかな??
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なんだかなあ(^^;
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ま、次行きましょう。相変わらず静かな公園。歩きやすいなあ(^^♪
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そして川沿いの道をチョイス。いろいろな思い出のある高川です。
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ここから見る我が家もいいものです。だいぶ家も出来上がってきたね
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のんびり歩いても30分のお手軽散歩でした。
最後に、今日の1枚。
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画像は白っぽくなってしまったが
今日を象徴する1枚だ。
雪の朝
開発中の重機の向こうにシングルハットと新築中の我が家
その背後に変らぬ甲斐駒ケ岳の雄姿。








いよいよ動きだした。

旧知の宮沢さんがついに動き出した。国政選挙だが、こういうのはどこまで書いていいものだろうか? まだあくまで立候補予定者なので何を書いてもいい、かというと、そうでもないらしい??うっかりすると選挙違反になるらしいから全く魑魅魍魎だ。 今日はとりあえず、宮沢さん、応援してますよ~、とだけ書いて終わりにしておこう。以後、あちこち聞きながら確認しながら、書いていいことはどんどん書いていきましょう。
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画像をクリックすると大きくなりますよ
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パブリックコメント

北杜市が景観計画についてパブリックコメントを求めている。
今日が締め切り。私には景観計画について具体案はないが、これ以上この美しい風景を壊されてはたまらない。たぶんに精神論的な内容になってしまったが、言わずにはいられない。下記のような文章を送っておいた。果たして理解してくれるだろうか。
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■北杜市のHPのTOPページに書かれた「山紫水明」「山々から、自然が語りかけてくる」という文言がいずれも白々しく聞こえる現在の北杜市内の景観の変容ぶり。また、HPに掲載されている「市長のあいさつ」の文言も、自然環境と自然景観のすばらしさに言及されており、現在の風景の変容ぶりと全くマッチしていない。「山紫水明」という考え方はどのように具体化され実施されているのか。
言うまでもなく、北杜市の景観は日本でもトップクラス。地球内部の四つのプレートがせめぎ合いながら形作ったもの。富士山から八ヶ岳の山岳風景は世界的にも稀有な眺望を誇るものと市民は誰もが知っています。そして私たちの身近な森や里や田園の風景もまた、自然と先人たちがせめぎ合うように獲得した知恵と技の成果です。風景にはものすごい情報が含まれています。五感に訴えて、人々の肉体や意識の形成にまで働きかけています。郷土の食べ物や信仰や芸能なども、風景と密接に関わっているのです。そしてそれらは風土へと深化していきます。風土とは地域遺伝子です。人は風景の子供。人はその風景の中に生まれ育ちます。
今、当市では、風景が荒廃しようとしています。遺伝子が失われようとしているのです。そこからは地域にふさわしい人も文化も知恵も生まれません。先人たちの知恵がもう伝わらなくなっていくのです。風景の荒廃は北杜市と、そこに住む人々の生活と精神の荒廃を招くことと同列です。
日本の神様は山と森に住んでいます。「山々から自然が語りかけてくる」とは、まさに「神様が見守っていて下さっている」ということに他なりません。その山と森を切り開いて不自然な人工物を建てることは、美しい景観を壊すだけでなく、郷土への思いを破壊され、暮らしの基盤が崩されていくことに他ならないのです。誰がそんな町に住みたいと思うのでしょうか。これ以上の荒廃を食い止めて欲しいと、心から訴えます。
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