中学生と里山と

先日中学生の団体を引率して里山を歩いてきた。中学一年生になりたての4月だからほとんど小学生と変わらない(^^)v 学校側の目的は「里山のエネルギーについて理解させる」ことらしいので、かなり難しいテーマをほやほやの中学生に与えるなあと思いつつ、里山とはどういう地域のことか、そこでの生活はどんな風か、棲息する生き物たち、森の循環、水の循環、八ヶ岳の風景のなりたち、フォッサマグナ、などなどなど、詰め込み過ぎるくらい詰め込んで歩いた。神奈川県のあたたかい地方から来た子供達なので、「ここ八ヶ岳南麓と君たちの所ではサクラの咲く季節も違う」「こちらではGWまで霜がおります」と、標高差で植物や作物のできる時期や植相が違うことを説明しようとした時「あの~霜ってなんですか?」という質問がでた! 霜や霜柱を見たことがない生徒が約半数いた!! みたことのある半数も、ほとんどは「部活のグランド上で見たことがある」で、家や身の回りで見たことのある生徒はあまりいなかった!!!
まあね、いろいろあらあな。生活の周囲に「土」がないのだろうなあ。
気を取り直して歩いていると、鳥たちの声が聞こえてきた。ヒバリもいた、ウグイスもいた、スズメもいた。今の子供たちは果たして鳥の鳴き声などに興味があるだろうか。私の声で「ピーチク ピーチク」「ホーホケキョ」「チュンチュン」と鳴いてみて、さぁ、なんの鳥でしょうか、と聞いてみた。チュンチュンは「あ、すずめだ」と反応があった。ホーホケキョは「あ、聞いたことがある、なんだっけなんだっけ」とひとしきり騒いで、誰かが「ウグイス」と答えた。ピーチクパーチクは誰も分からなかった。
今の子供たちは「スズメの学校」という歌を知らないことは私はずっと前から知っていたが、あえて問うてみた。「チーチーパッパチーパッパ」ってなあんだ? 皆笑い出して、案の定誰も知らない。ムチをふりふり教える先生の様子だから、そんな歌はもう学校では流行らないのだ。今歌うのはメダカの学校。「だあれが生徒か先生か」なんてやっているから校内暴力も起ころうというものだ(^^;
水車があった。皆当然水車など見たことがない。水車の廻る音ってしってるかい?という問には「グルグル グルグル」「ギー、ギー」などなど一生懸命想像して答えてくれるが、正解は「カタカタコットン、カタカタコットンだよ」と伝えるとまたまた大笑い。うっそ~なにそれの大合唱。そこでおもむろに水車の廻る仕組みと水車小屋で水車が仕事をする仕組みを図説(あらかじめ持参)してあげると、なんとなくわかったような腑に落ちないような顔をして黙る。実際に水車小屋の中に入ってみると、一応カタカタコットンの謎は解けたみたいだった。
水を入れる前の田が一面に広がっているところを歩いたが、ここがやがて湖のようになり、苗が植えられ、緑が黄金色になって、米が刈り取られ、また冬の間休んで、こういう景色になる、という循環する風景の想像が子供たちにはできない。

というような事の連続で引率が終わったが、童謡唱歌に歌われた日本の風景や行事がどんどん消えていくことに、あらためて危機感を抱いた。消えていくから学校で歌わない。歌わないから知らない。知らないから気にも留めない。という悪循環が起こっているような気がする。

そういえば先日「婚活プログラム」で30~40代の独身男女を連れて歩いたが、ノーベル生理・医学賞の大村博士の実家を訪ねた時の事。実家は今空き家だが、皆に使ってもらおうと自治体が管理して「蛍雪寮」という名前がついている。参加者に「蛍雪」の意味を聞いたところ、半数ほどの大人が知らなかった。卒業式で歌う「蛍の光窓の雪」が意味することも知らなかった((+_+)) お~い、先生たち~! 学校の先生たちは一体何を教えているんだ。

もう少し日本人としての常識、花鳥風月、四季の情景、自然と人生などについて、伝えていこうよ。銃剣道などやってる場合じゃありませんよ。
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「鳥の不思議な生活」

先日図書館で借りて来た「鳥の不思議な生活」。今読んでいるのは「ムクドリ」編。ムクドリは何万羽と群れて複雑な編隊飛行を見せるので有名。ネット上の動画でもよくお目にかかる。この大群にはどうやらリーダーがいないらしい。時速50kmで飛ぶ個体が、何故ぶつかり合いもせず、群れて次々に美しい模様を空中に描き出せるのか。リーダーがいないとすれば、彼らを動かしているのは大いなる未知の力か? 
人間の軍隊が整列して地上を行進する場合、リーダーはいて、集団的移動はスムースだ。しかし行進が左右に曲る場合、列の内側の隊員はほとんど足踏みをしている一方、外側の隊員は大股で長い距離を急いで歩かなければならない。ムクドリ研究の学者達は、ムクドリにはこの動きが無いことを突き止めた。皆、同じ曲線を同じ速度で飛んでいる。従って、いつでも先頭としんがり、右側の鳥と左側の鳥、外側の鳥と内側の鳥が、入れ替わりながら大空を飛んでいる。だからこそ特定の個体が天敵に襲われることもなく、皆平等となって群れる意義も出てくる。もしある個体が群れの中でずっと前方あるいは常に端の方にいなければならないのなら、天敵に襲われる確率も増え、集団にとどまる動機がなくなるだろう、と述べている。
それにしても、この芸術的とさえいえる動きを、それぞれの個体はどのように受けて伝えて飛んでいるのだろうか、ということを、なんと物理学と統計学、つまりは数学的に解明しようと試み、ついには「量子力学」の理論で解明できるかもしれないというところまで突き止めたようなのである!。私には難しいのだが、英語力のある方はこちらを一読してほしい。
ちなみに、アメリカではムクドリは外来種なので保護されておらず、むしろ害鳥。アメリカで「アメリカで一番嫌われている鳥」と検索するとムクドリが出てくるのだそうだ。ゴキブリのようにはびこり、ウサギのように繁殖するので、羽の生えたネズミであるとさえ言われている。可哀そうに。
もう一つ面白いのは、「ムクドリは直近の七羽を見て飛ぶ方向を決定する」という理論。七という数字が大事で、どんなに大きな群れでもお互いが直近七羽を見て飛べば、群れは散り散りにならない、というのである!そして様々に研究が重ねられた結果、この七という数字は科学的有用性を超えて一般化され、さらには潜在意識への働きかけとしても有用であると認識されつつあるのだそうな。例えばパワーポイントによるプレゼンテーションでは、要点は一度に七つまでが望ましい、というような!?
面白い本です。
量子力学を使って磁性配向を説明する「ハイゼンベルク模型」という理論があるそうな((+_+)) 例えば鉄をある温度以下に冷やすと、自然に磁気を帯びる。臨界点以下で物質の中の電子がスピンの向きを揃えるのだ。自発磁化というらしい。この現象がムクドリの群れの内部の飛翔方向の調整で起きている、と物理学者は主張する。この方程式をつかえばムクドリの群れをうまく説明できるというのです。
う~む。地球上でもっとも自然発生的で美しい群れの表現の下にも、物理学が横たわっているのだろうか。その答えは、数学は発見されたと信じるか、発明されたと信じるかによる。それが普遍的な力で、この世界のあらゆる運動を支配しているのか、それとも理論は人間の脳が押し付けたものなのかに。歴史上、哲学者たちはあらゆる情熱を傾けてこの問題に煩悶してきたし、今も議論は続いている。
と、結んでいる。
4月の雪の日の暇つぶしに読んだ一遍でした。
ムクドリ




墓参り

半年ほど前に手相見から「お墓参りには行ってくださいね」「警告でてますよ」と告げられ、その後すぐ行ったが、お彼岸に行くのは初めてだ。墓参りは行こうと思った時に行けばいいのだろうが、やっぱり彼岸に行くとなんだか気分も引き締まるね。保土谷の駅を下りて父の実家、祖母の家の方に向かって歩き始めると、やがて家のあった高台が見えてくる。昔の家はとうになくなっていて、今風の家になっているが、下から見上げた時の印象は、その高台は家など一軒も見えない鬱蒼たる森だったと記憶にあるのだが、樹々がかなり切り払われて、やけに寒々しい風景になっていた。高台に登るための階段も、いつからか綺麗になっていて、ここも昔は周囲は雑然とした崖に木々が生えていて、子供のころに感じた独特の「異界へ入っていく」ような感じだったのが無くなっていて残念と言えば残念。
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法事や何かで来ているので、特別に久しぶりという訳ではないが、意識してお彼岸に墓参りに行こうと思って一人で来たのはたぶん初めてか? あ~そうだ、大人になってからはいつも車で来ていたからだ。今日のように電車で来て道を歩いて墓参りになんて、これは本当に久しぶりだ。だからなんとなく子供のころを思い出したのだね。せっかくなのでその頃のことを思い出しながら道を歩いた。
墓のまわりも、どことなく綺麗になっているのは、お彼岸だからと寺の住職さんたちが一生懸命きれいにしたのかもしれない。
墓参りをすませ駅に向かって歩いていると、どことなく懐かしい店構えの一軒が目に留まった。子供のころ祖母の家に遊びに行った時の楽しみは途中の店で買ってもらうコロッケだった。確かこの写真のような窓口しかない店で、客はその窓から注文し、コロッケはその窓からオバチャンが手渡ししてくれるのだった。
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お客さんが切れたあたりを見計らって、窓口に行き、「この店は50~60年くらい前からありましたか?」と唐突な質問をしてみた。中では40代と50代と思しき女性が二名いて、年上の女性の方が、「ここは30年くらいしか経っていませんですけどね~」という。私は「今日墓参りに久しぶりに来て、50~60年前の頃を思い出したのです、確かこのあたりでコロッケを売っていた店があったなあと思い出したもので」、と事情を話したら、それならもうちょっと向こうの今郵便局になっているところのコロッケ屋さんじゃないかしら、と丁寧に教えてくれた。え、まだあるのか!と驚いていると「今は郵便局になっているからお店はありませんよ」と店の奥さんは言った。いやしかし嬉しい、その跡でもちょっと見て感じたいものだと思ったら涙が出てきた。が、これは懐かしさのゆえの涙ではなく、花粉症による涙で、丁度タイミングよくここで出てきたので、店の奥さんは、「懐かしいでしょうねぇ、いいお墓参りですね~」と私に調子を合わせてくださったが、残念ながらというか、この涙は本当に花粉症由来のもので、私はこの程度のことでは涙など流さないのです。しかし、せっかく人のいいオバサンがなんとなくこの初老の男性の思い出話に付き合ってくれて向こうも感激してくださっているようなので、こちらも話を合わせ、「いや~ありがとうございました。墓前でいい報告ができます」と礼を言ってその場を離れた。
そしてその郵便局に行ってみたが、
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周囲の道路やその他の雰囲気がどうも違う。ここは私が好きだったコロッケ屋ではないと感じしばらく記憶をたどってみたら、分かった。コロッケ屋は、駅の反対側の出口からぐるっと回って祖母の家に行く道の途中にあったのだった。そこまで思い出したので、今日は満足。次の機会にそのコロッケ屋に行ってみよう。

KKT新年会

婚活推進委員会3名の「大人の遠足」と銘打った新年会。松本で超人気店「レストラン ヒカリヤ」を狙ったため、忘年会シーズンも新年会シーズンも満員御礼で、やっとこの日(1月19日)にとれたのです。ちょっと遅い新年会となりました。
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「大人の遠足だ」なんて理由をつけて行きの電車の中から飲み始める始末、これがやりたかったのです(^^;
久々の松本は浦島太郎状態。なわて通りというところをわくわくしながら歩いています
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いよいよヒカリヤに到着。心を落ち着けてまずは記念写真。ちっとも心落ち着いてないようですが(^^;
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最盛期は九つの蔵を持っていたという豪商の建物。今は母屋が和食レストラン、蔵が洋食レストランに生まれ変わっています。元の屋号は光る屋だったというヒカリヤ。和食がヒガシで洋食(イタリアン)がニシです。今日はヒガシです。
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すべての写真は撮れませでした
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奥様方は大満足です♪
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食後にちょっと町をぶらぶら。しかし松本は名店ばかりだなあ
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歩いているうちに松本ブルワリーというビールを飲める店にぶちあたり二次会に。これが大成功
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オーナーがなかなか回転のきく笑顔の人
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向かいのワインの店もいいですよと教わり、3次会へ
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もうだいぶ出来上がってしまいました。
よい大人の新年会でした。




庭にくる鳥 その2

カワラヒワが雀を追いかけています。
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カワラヒワ同士でケンカしています。
弾丸のように突っ込んでいきますね、何か気に食わなかったんでしょう(^^;
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エサ台の向こう逃げ込むヤツを追いかけています
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しかしカワラヒワは飛翔すると美しなあ
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スズメのエサ台に下り立ちます。
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カワラヒワとスズメは本当は仲良しなのです
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シジュウカラはコチラにも来ます。
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離れたところにヒヨドリ用にミカンを用意しました。よく食べてくれるので、今のところエサ台の小鳥たちを脅かしにきません。
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教師のうつ病 やっぱり・・・

ネットニュースで見かけた記事をコピペしよう。
「やっぱり」としかいいようがない。
赤字は私がつけたものだが、ここが問題なのだ。
文科省は原因として「多忙な労働環境」をあげているが、それは皆が知っている当然のこと。
しかし特殊学級の場合は、「多忙な労働環境」の上に、さらに複雑な問題が上積みされる。
先日の日記に書いた通りだ。
専門知識のない一般の教師が特殊学級を任されている(押し付けられている)状況を打開しないことには解決策がない。
「復職支援」などで問題は解決しない。特殊学級を見る教師の位置づけを明確に規定しないと永遠に「高止まり」である。
--------以下コピペ----
<文科省調査>精神疾患で休職教員5009人 15年度
毎日新聞 12/22(木) 17:01配信

 2015年度にうつ病などの精神疾患で休職した公立学校の教員が5009人に上ることが、文部科学省の調査で分かった。全教員の0.54%で、14年度に比べ36人減ったものの、07年度以降5000人前後で高止まりが続いている。

 調査結果によると、病気休職者は7954人で、このうち6割強を精神疾患が占める。在職者に占める精神疾患の教員の割合を学校別にみると、障害がある児童・生徒が通う特別支援学校が0.66%(560人)で最も多く、中学校0.64%(1524人)▽小学校0.55%(2237人)▽高校0.37%(683人)▽中等教育学校0.30%(5人)。男女別では男性0.51%、女性0.57%だった。

 文科省は高止まりの要因に「多忙な労働環境」を挙げる。経済協力開発機構(OECD)が13年に実施した調査で、日本の中学教員の勤務時間は週53.9時間。対象となった34カ国・地域の平均の週38.3時間を大きく上回っている。授業の準備や教材研究に加え、いじめや不登校の対応、部活動などの課外指導も担い、心身ともに疲弊する教員が増えている。

 復職支援プログラムを設けるなどの対策を始めた学校や自治体もあるが、休職者数に大きな変化は表れていない。文科省は、部活動の実態調査を始めるなど長時間勤務の改善に取り組んでおり「教員の負担を軽減し、精神疾患による休職を減らしたい」としている。

 一方、15年度に強制わいせつや買春、セクハラなどのわいせつ行為で懲戒処分や訓告などを受けた教員は、224人(前年度比19人増)で、過去最多となった。被害者は「自校の児童・生徒」が最も多く、40.7%を占めた。文科省は「メールやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で教員と児童・生徒が直接やり取りをすることがきっかけとなっているようだ」と分析している。【伊澤拓也】