キャンドルナイト第一夜

生憎の雨。星も蛍も見えないが、そんなことにめげずいそいそと出かけた先は清里ロック。今晩はオカリ~ナの天才大沢さんのキャンドルナイトコンサートがあるのです。
当初こういう夜にイベントなんて、と(ちょっと)思っていたが、満員の客を見て思い直した。少なくとも今ここにいるお客さん達の家には電気が点いていないハズだ。どうせ電気を消して暗い夜をすごすのだったら皆で集まって、そこだけはキャンドルを灯して過ごせば経済的で、キャンドルナイトの趣旨にもあっている。第一皆で過ごす夜は暗くても楽しいではありませんか。
コンサートは大成功で大沢さんは相変わらず進化するサイヤ人だった。キャンドルの演出も悪くなかった。キャンドルの灯というのは見ているだけで人をいろいろな想いに誘い込むね・・・。
大満足で帰ってきてニュースを見ていたら明日は沖縄慰霊の日だそうで、関連ニュースを流していた。沖縄は日本で唯一地上戦が行なわれた場所で、多くの自決者を出したのだが、今年の教科書検定で「自決に対して軍による関与はなかった」とされるそうだ。何故いまになって?あまりにもタイミングよすぎませんか?新聞には毎日のように「教育3法」「国民投票法案」「集団的自衛権」「美しい国」などのちょっと真剣に考えないとアブナイ文字が並んでいる。そういえば「慰安婦問題」も国は関与していなかったと主張している。「軍」も「国」も「正しいことしかしません」といわんばかり。まるでついこの間までの社会保険庁のようではありませんか。こういうのは危ない兆候。「戦争」そのものがまちがっていたのだから当時の「軍」も「国」もまちがったことをしていたのに決まっているじゃありませんか。そういうことは早く認めたほうが良い。昔のことなんだから潔く認めても誰ももう責めない。認めないから責められることに何故気がつかないのだろうか。
そんなこんなを考えながらニュースを見ていたら娘が風呂からあがってきた。娘と会うのは5日ぶりだ。中国へ修学旅行へ行って今日、私がコンサートを聴きに行っている間に帰ってきたのだった。戦争のことなど何もしらない(私だって実は何もしらない)娘が中国へ行って偽ブランド商品を高く売り付けようとするオバちゃん達との戦いを楽しみ、ペキンダックを楽しみ、万里の長城があまりにも急すぎて制服のミニスカートでは後ろの人からパンツ丸見えで結局上まで行けなかったり、レストランで偶然「長坂町総合運動公園」の前にある「みふじ」という食堂の親戚だというオバサンと席が後ろ同士になって超ローカルネタで盛り上ってしまったり、しているうちにどうやら「中国フアン」になって帰ってきたようである。よき哉親善大使。それで良い。まずは相手を好きになって、それから歴史を勉強すれば良い。
「キャンドルナイト」と「沖縄慰霊の日」それに「中国へ修学旅行」の3つが何故か繋がってしまった夏至の夜だった。
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灯火管制

キャンドルナイトの話をしたら「ハハァ、灯火管制ですね」と懐かしそうに言われた。・・・ま、いいか。
いまや暗視装置やGPS誘導装置等が発達しているから戦争地域でも灯火管制はたぶん行なわれていないと思いますよ、なんておっしゃる。・・・ま、いいか。
そんな現代で一斉に電気を消そうというのはなかなか不思議なイベントですね、とあくまで戦争体験に照らしてモノをおっしゃるそのヒトは、軍隊の経験があり、戦後は地図を作る会社に勤めていたという経歴のオジイサン。どうりで「GPS誘導装置」なんていう言葉がスラスラでてくるハズだ。
日本の兵隊はいつでも飯盒炊爨だからすぐ敵に居所を知られてしまうのですよガハハ。暗闇の中で日本陸軍がとる最高の作戦は「全員突撃」でしたなぁグフフ、敵の物資を押さえたらラクダの缶詰が出てきたのである晩皆で空けたらタバコだった、と虚実ないまぜの話をおもしろおかしくして、キャンドルナイトの話どころではなくなった。
しかしそういう話こそ電気を消してローソクの灯かりの下で聞きたいものだ。戦争体験というと暗くなりがちだが、漫談風に聞いてしまうのもアリだろう。笑いながら聞いているうちにやがてしみじみと戦争のアホさ加減と、そんなことで死んでいった人々の無念さが伝わってくる、という松竹新喜劇のような語りが出来るヒトいないかな。
キャンドルナイトに招待してお話会を開きたい。
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