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山の落とし物 考

2018年8月8日 3名で入笠山に行ってきました。次の婚活プログラムの下見登山でした。たまたま登山道に落ちていた飴の包み紙を拾い始めたら、キリがなく(^^;)面白くなって、皆で拾い集めてみました。徹底的に拾い集める、といった感覚では無く、目に付いたものだけを拾う、というお遊び感覚です。
気がついたことを先に書いておきますと、基本的に入笠山の登山道はキレイだった、ということです。登山者達のモラルもあがってきているのでしょうし、山小屋のオーナー達の日頃の管理も行き届いているのでしょう。とても嬉しいことでした。
その反面、あきらかに「うっかり落としてしまったゴミ」だなとすぐ分かる物が沢山落ちていました。
例えば、コレ何だか分かりますか?
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かすかに名前が読み取れますね、おそらく幼児の水筒か何かに貼り付けられたシールでしょう。幼稚園から小学校低学年までの遠足などでは、持ち物に名前を書くことが必須ですね。でも、先生方や親御さん達に気をつけていただきたいのは、「シールは剥がれる」ということです。剥がれるとゴミになります。直接油性ペンなどで書いていただくか、縫い付けられるものには縫い付けるなど、何か工夫をしていただきたく思いますが、いかがでしょう。
例えばその2,コレは何でしょう
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虫除けシールですね。これも夏休みの子供登山などではよく使われ、悪意無く落としてしまうゴミの一つです。貼ったシールが最後まで貼り付けられているかと、親御さんや先生方が確認してあげるといいですね。たとえどこかで落としてしまったとしても、次からの意識付けとなるでしょう。ついでにコチラ↓の写真は多分バンドエイドか何かの包装紙ではないでしょうか?
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あわてて絆創膏を貼るために、つい包装紙の行方までは注意がいかなかった、というところでしょうか。気をつけて頂くほかはないですね。
そして、おそらくウッカリ落としてしまったというゴミのナンバー1は、やっぱり飴の包み紙でした。
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飴は、休憩中に誰かから貰ったり、みんなにあげたりする場合が多いですね。きっとその時はゴミを意識して、捨てる方はいないと思います。皆も見てますし(^^;) ポケットにちゃんとしまうのですが、実はポケットにしまってはいけないのです。ポケットにはハンカチやティッシュやその他の先客がいます。それらを取り出す時に、包み紙は一緒に外に飛び出てしまうのですね。これはおそらくほとんどの人が経験上知っていることですが、ほとんどの人が反省無く繰り返してしまう行為です。工夫してくださいね。
で、飴を製造する側のメーカーの皆さんにも工夫していただきたいのですが、包装紙をちぎって開ける方式は、なんとかなりませんか。ちぎった大きい方はなんとかポケットに残っても、小さい方は、どうしても行方不明になってしまいがちです。

そして、当然ながら意識して捨てていった、と思われるゴミもありました
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靴底が剥がれてしまったのでしょう。ここまでガッツリ剥がれていれば、気がつかない訳はありません。持ち帰って欲しいところでした。下の写真も靴底のカカトの部分でしょうか。
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これ↓はどこの部分でしょうか? 自転車のタイヤ??
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DUNLOPと書かれたものも落ちていました
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まぁこれらも、「落ちてしまった」と解釈できますが、だからイイと言うことにはなりません。
「捨てていったゴミ」は全て、同情の余地のないものですが、お弁当のゴミほど同情の余地がなく腹立たしいものはありません
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あきらかに何か食べ物が入っていたプラ容器
そしてガム
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紙に包んだからといって捨ててイイものではありません。

まだまだ沢山ありましたが、キリがないので、今日はこのくらいで。
メーカーさんにお願いしたいことは、「土に還らない」素材で包装紙や容器を作るのはやめましょう、ということです。今世界中でプラスチック使用禁止の方向に動いています。
食品には消費期限というものがあります。包装紙にも一定の期限が切れると土に還ってしまうものがあってもいいのではないでしょうか。現在「土に還るプラスチック」というものが研究されているようですが、一刻もはやく、そして世界中で、同様の研究が進み、成果が出るように期待いたします。

それまで、私達にできることは、如何に「ウッカリ落とさない」考え方と行動を率先し、かつ啓蒙していく、というようなところでしょうか・・・。
夏休み、楽しく登山やハイキングを楽しみたいですものね♪

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KKTツアーズ 立場岳編

11月2日(金) 毎月恒例のKKTツアーズが立場岳にて開催されました。講師に橋詰さんをお招きしての山行は、大いに勉強になり、かつ、大いに笑った山行となりました。奇跡的な「季節の変わる瞬間」ともいえる光景を目撃できたことも、特筆すべき事柄でした。さっそくご報告いたします。

「晩秋」に「盛り」があれば、この日はまさに晩秋真っ盛りという日でした。
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黄葉が秋の陽に輝いて眩いばかりです。
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林道を行くご一行様。「これぞ晩秋」という景色にウキウキワクワクしながら歩いています。
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中盤以降はかなりハードな坂が続くのですが、
話にも花が咲き、サクサクと高度を稼いでいくと・・・、
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頭上の木々が白くなっているのに気が付きました。
白いサンゴ礁のような枝々が青い空に浮かび上がっているのです。
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雪ではありません。今朝、麓から見た山は「霧氷」で真っ白だったのですが、
こいつが「霧氷」の正体です。
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針のような結晶のような、極めて繊細なガラス細工のような「霧氷」の正体が
頭上から雪のように落ち葉のように舞い降りてくる瞬間に出会い、一同大感激。
「霧氷」は落葉松の落ち葉のようにキラキラと輝きながらカサコソと音をたてながら地上に降ってくるのですね、初めての体験でした。
気がつくと
谷を挟んで向こうの山々が見え始め、
なんと全山真っ白なのでした。
一同「ウオ~」「ヒャ~」と声にならない声をあげて大興奮。
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山が晩秋から初冬に移り変わる季節の一瞬を、高度差によって体験してしまったのです。
昼近い時間なのに霜柱が溶けずに残っていてくれたのは嬉しかったです。
もし「初冬」に「旬」があれば、今日がまさに「旬」の日だったでしょう。
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橋詰さんお奨めの「青ナギ」からの絶景は
とてもこの世のものとは思えない山岳展望で、皆の興奮は最高潮に達しています。
山は権現から編笠への稜線。こんな角度から眺めることが出来るとは思ってもいませんでした。
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ここでランチタイム
何時間でもいたい空間でした。
正面は阿弥陀岳です。
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名残はつきねど下山。
今一度記念写真をパチリとやって、去り難きを去ります。
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ところで、今日の橋詰教室はとっても勉強になりました
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読図から始まって
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細やかなストレッチの指導
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山の歴史的な話題から
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休憩時の飲みものとおやつの工夫に至るまで
「ナルホド!」の連続(*^^)v
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ザックの中身まで見せて頂き勉強させてもらっているのに
私たちがお返しできることといえば
コレ<(_ _)>
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「山頂コレクション」だそうですが、橋詰さん、お受け取りください。

とっても「いやはや^_^;」な山の一日
冬の最初の輝きを見せてくれた山頂から
最後の輝きを見せてくれる秋の中へ再び戻ってきたのでした。
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季節の狭間を行き来できた奇跡と、橋詰さんの丁寧なご案内ぶりに感激と感謝してKKTツアーズは無事に終了しました。ご参加の皆様、お疲れ様でした。また来月お会いいたしましょう。

白い風が冷たくて気持ちいい♪

7月28日 小学1年生から4年生13人と大人4名を編笠山に引率
9:00に観音平を出発 余裕の笑顔
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雲海到着 文字通り眼下に雲海、その向こうに富士山
そんな景色には関係なく、子供たちからは若干の弱気発言も。
「ねえ、どこまで行くの?」
「山のてっぺん」
「どうして?」
「そこに山があるからさ」と禅問答をしながら休憩
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押出川到着。「帰りたい」「疲れた」「おなかすいた」コール続出
またもや「ねぇ、どこまで行くの?」と、今度は違う子が。
「山頂までだよ」
「なんで山頂までいかないといけないの?」
「それは永遠の謎なのさ」
とまたもや禅問答をして前へ。
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ここから登山道の傾斜はますますきつくなっていきます。
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こんなトコを歩いて
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こんなハシゴをのぼって、ついに山頂に♪
到着はなんと13:30(^_^.) 皆よくがんばったなあ。
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ただ、残念ながら霧と風が強く、お弁当を食べるどころではなかった。
圧巻の山岳展望もみえずちょっとかわいそうだったが、山頂らしき冷涼な空気と独特の匂いに何かを感じてくれたようで、皆満面の笑みだった(*^^)v よく一人も脱落しなかったなあ。みなエライぞッ!
青年小屋でお弁当をたべることにして、さっそく下山開始
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霧の中、この下山がかなりハードでした。慎重にルートファインディングをしながら歩いたら山小屋でまで1時間かかってしまった。
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入口の「遠い飲み屋」は子供たちにも人気。
すっかり元気を取り戻してオニギリタイム。
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「タラコいるひと~」「ハイ」「ぼ、ぼくもハ~~イ」
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下山開始をしたのが15:20
迫る夕闇と競争しながら歩いて、観音平には19:00到着
ほとんど泣きながら歩いていた子もいたのですが、駐車場に待ってくれていたバスを見つけた時はみな歓声。あっというまに元気になって、ドロドロになった洋服を着替えてバスに乗り込み、車内はいつのまにか賑やかな笑い声と満足感に包まれ、元気に夕食の待つペンションへ向かったのでした。
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車内で登山の感想を聞いたら「頂上で白い風のようなものが吹いたのが、冷たくて面白かった」と答えてくれた子がいた。いいね、その表現その感性。
それにしても標高2524mの山によく登ったね、登山初めてという子も多かったのに。
また来年、登ろうな。
今度は本澤温泉に行くぞ! 

赤岳にアタック!

本日若い女性が1名でやってきた。明日早朝登山口まで送ってくださいというので聞いてみると、赤岳をやるのだとか。エッ、この時期の赤岳を一人で?と聞いたら「ガイドさんを頼んでいます」というお返事。いや~すごいなぁ、こういう方は山ガールというのだろうか、山女というのだろうか。一人で山岳ガイドつけて冬山登山だなんて、これは立派なクライマーというより他はありません。カッコイイなぁ。
我家に来るライダーもそうですが、女性が一人で何か冒険チックなことに本気でのめりこんでいる姿ってカッコイイ。近頃みかけない「キリっとしたたたずまい」を見ることができるのです。自分が「脱力系アウトドア派」だからだとは思いますケド(~_~;)
明日天気になぁれ♪

山は燃えているか

今年の紅葉は如何に・・・と、宮司の滝周辺を散策。
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赤くならず茶色に変色してしまった木々もあれば、早くも落葉してしまった木々もある。
う~ん・・空は青いんだけどね。
今年の紅葉は遅れているのか進んでしまったのかよく分からない。
まだまだ緑の落葉樹もある。
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黄葉が木漏れ日を受けて、輝いております。
いいね♪
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しかし八ヶ岳の秋は「紅葉」ではなく「黄葉」だなあと思いながら
ふかふかの絨毯道を歩いていると
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次第に当たりは赤みを帯びてきて
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歩くのが楽しくなります。
お~、いいぞいいぞ、赤いじゃないか
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こんな木もあったりして喜んでいると
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突然こんな光景が♪
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ふひゃ~、と驚いてあたりを見回せば
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全山、山は燃えていた。
私の安カメラで写したのでこんなものですが、良いカメラと良い腕をお持ちの皆様、
宮司の滝(より数十分登ったところですが)周辺はなかなか秋の被写体として良いですよ。
あ、
肝心の「宮司の滝」を撮るのを忘れた(@_@;)

八ヶ岳の石柱

天女山から三ツ頭へ登山した際、標高を標した石柱を何本か発見した。
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この石柱は標高100m毎に建てられているが、基点はなんと静岡県の海辺だそうだ。そこから身延線、中央線、小海線と線路伝いに八ヶ岳への道案内も兼ねて建てられている。紛失したものも多いが、現在一番多く見学(?)できるのが権現岳へ向う大泉からの登山道上だと思われます。
誰が何のために建てたかといえば、早い話戦時中の「国威発揚」の為である。昭和15年は紀元2600年と教育勅語発布50年の重なった記念すべき年であるとして、甲斐八ヶ岳会会長「坂本増次郎」が県下の小学校から寄付を募って建てた。坂本氏は県教育界の重鎮であったというから寄付を頼まれればイヤとはいえなかったでしょうね。石柱の1面に標高、2面に賛助小学校名、3面に教育勅語の文字が彫られている。ただ、紀元2600年なので、八ヶ岳の海抜は2899mであるにも関わらず、石柱は2600mまでであるのが愉快と言えば愉快(?)。もっともその後年々継続して全山に設置したいと願っていたようなので、探せばどこかに標高2800mがあるかもしれない。また、これとは別に沿線駅を岳麓駅として、駅の標高を彫った石柱が置かれた。我家の近くの甲斐小泉駅前にもあります。甲斐大泉駅、清里駅、さらには長坂駅、日野春駅にもあり、韮崎駅にもあったはずだという。近年大泉町の有志がこれらの石柱に着目し、調査し記録に留めているが、石柱については1990年の月刊雑誌「山と渓谷」に山行紀を寄稿した元共産党書記長不破哲三の文章が面白い。
題は「権現岳-八ヶ岳最後の峰に挑戦」という。不破氏は山好きで有名だが、八ヶ岳にも1983年から登り始め、主な峰として最後まで残った権現岳についに登る機会を得た、というワケでその顛末を寄稿したのだった。石柱についての部分を引用すると長くなるので要約すると、その石柱を発見した不破は言下に「戦時下のこんな遺産がいまだに八ヶ岳に残っているとは」と「軍国主義による自然汚染のあとに文句」を言いながら登山を続けている。「軍国主義による自然汚染」とはさすが共産党書記長、小気味が良い。私としてはこの石柱の評価は後世に委ねるが、実際登ってみると、味気なく苦しい登山道で100m毎の標識を見つけることは励みにもなって、助かったことは事実であります。