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始まりはいつも雨

タイトルと内容はなんら関係ありません。先日ひさしぶりにテレビで飛鳥のこの歌を聞いたのでちょっと書いてみたのです、ブヒ(*^^)v。今日は本のお話です。
「フェルマーの最終定理」を無事に読み終えて少し頭が沸騰している。知的興奮というのはこういうことだね。300年間も解けなかった数学上の難問を解いた数学者の人生と300年間その謎に挑んだ多くの数学者たちの悪戦苦闘の物語をドキュメントタッチで描いた大傑作。なんたって私にも分かるように組み立てた作者の腕は尊敬に値する。ノーベル化学賞を日本人がとったが、数学の分野でも日本人の活躍が目覚しく、フェルマーの定理が解かれるにあたって日本人数学者数名が決定的な役割を演じているのを知った時は、読んでいて誇らしかった。
で、並行して読んでいたのが「古代からの伝言」。だいぶ前から読んでいたのだが途中で本が行方不明になったので中断していた。再びめぐり合って再読しているが、ホントにこれまたハラハラワクワク。古事記日本書紀を扱ってこんなに登場人物に血を通わせた本は他にないだろう。登場人物の息遣いまで聞こえてきそうだ。次のページをはやくめくってみたくて仕方がないが、全7巻の内、もう第5巻が終わろうとしているので、めくってしまってはもったいない感じもする。「フェルマーの最終定理」を読み終えてしまった今「古代からの伝言」も読み終えてしまったら、一体私は何を読んだら良いのだろう・・・。と思って、何気なく「フェルマーの最終定理」のカバーをめくっていたら、同じ作者に「宇宙創成(上下)」があるのを今知った♪ こりゃ素敵。また眠れない夜が続いてしまう(*^^)v

ヒルベルトのホテル

ヒルベルトのホテルは部屋数が無限にある不思議なホテルである
その日、そのホテルには無限数のお客様が宿泊し満室だった。
そうとは知らず、一人のお客様が到着し、泊まらせて欲しいと申し出た。
さぁ、フロント係りはどうするか。

フロント係りは、滞在中のすべての客に、一つ隣の部屋に移ってくれるよう頼んだのである。ルーム1のお客様はルーム2へ、ルーム2のお客様はルーム3へ・・・・・
こうして、滞在中の客にはこれまでどおり部屋が提供され、新規の1名もルーム1に入れることができたのだった。

ヒルベルトのホテルは翌日も満室だった。
この日、フロント係は昨晩よりはるかに大変な問題を処理しなくてはならなかった。無限客室数のホテルは無限客数により満室であるにも関わらず、さらに大型バスが無限大数到着し、無限数の客を泊まらせなくてはならない事態に直面したのである。さぁ、担当氏にはどのような解決策があるのだろうか・・・。

彼はあわてず滞在中の全ての客に、現在のルームナンバーを2倍にしたルームナンバーの部屋に移ってくれるよう頼んだのである。ルーム1の客はルーム2へ、ルーム2の客はルーム4へ、ルーム3の客はルーム6へ・・・。
こうして、滞在中の客にはこれまでどおり部屋が提供され、新規の無限数の客には、空室となった無限の奇数番号の部屋が用意されたのである。

なんていう本をね、今読んでるのです
そんなヒマないんですけどね、UFOコンベンションも近いし(@_@;)
しかしやめられないとまらない。




フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理 by サイモン・シン(新潮文庫¥820)

スリリングな展開に毎晩寝られない!
数学オンチな私としてはピタゴラスの定理の説明からして感動してしまう(~_~;)
こういう本が書けるヒトっていったいどういうヒトなんだろうか。


司馬遼太郎 その2

昨日たまたま司馬遼太郎のことを書いたのだが、偶然とは恐ろしい。本日用事で訪問した小諸の蕎麦屋の主人から「司馬遼太郎とケンカをした」という話が飛び出した!? 

司馬遼太郎に「街道を行く」というシリーズものがある。日本全国の「街道」について書き記したシリーズで、時にはモンゴルや台湾等の海外にまで出張して書いたいわば紀行ものだ。週間朝日に連載されていた。全国の司馬ファンは次はオラが街道を書いてくれとヒソカに期待していた読み物でもあった。私の住んでいる所に近い街道で、司馬遼太郎が書いたものといえば「信州佐久みち」である。佐久みちを歩けば足は自然に北国街道に向くので、当然「北国街道」についての記述もあるのだろうと思っていたが、何故か「北国街道」について書かれることはついに無かった。「北国街道」は「佐久みち」などに比べればよほどの歴史や物語を秘めた第一級の街道である。司馬遼太郎にとっては是非とも書きたい、取材したい街道に違いなかった。それが何故書かれなかったのか?私の長年の謎だった。

それが本日出合った蕎麦屋のご主人との雑談で一挙に解決してしまった。こういうことがあるから世の中は面白い。
そのご主人は小諸懐古園前で蕎麦屋を営む80がらみのオーナーである。今から50年前、「小諸にも名物を」と考えた彼は独自で研究した結果、蕎麦は「7割そばが健康に良い」ということを発見した。(このことはある製薬会社の研究でも証明されたそうです)。この地で昔から蕎麦は食べられていたが「名物」という程の物ではなかった。そこで「7割蕎麦」をポリシーとして小諸の名産にしようとして孤軍奮闘、なんとか名物となった。「7割蕎麦」の効能や由来やその正当性なども認められ、大繁盛してついに一日1200食の蕎麦を提供する店になったのだが、その大繁忙期の絶頂期に、司馬遼太郎と取材班ご一行様が店に現れたのだった。しかしこっちは蕎麦打ちでネコの手も借りたい、取材班は予約もなしに突然やってきて「話を聞かせてくれ」という。「なんぼのもんじゃい」とご主人が思ったかどうかは知らないが、なにしろ手が離せない。取材班としてはご主人の話が聞きたい、一向に現れる気配が無い。ついに腹をたてた司馬遼太郎が「こんな扱いを蕎麦屋で受けたことが無い」と怒ったそうである。ご主人も若かったので売り言葉に買い言葉で応戦。すると「もう北国街道なんて金輪際書かない」と司馬遼太郎が血相を変えて出て行った、という顛末を話してくださったのだ・・・。へ~、ふ~ん、私は思わずヒザを打ってしまった。な~るホド、そうだったのかっ。ま、しかしこれは司馬さんの人間臭さが感じられてかえって微笑ましいエピソードだと受け取った。
で、司馬さんの名誉の為に補足すると、司馬さんは蕎麦屋の主人がすぐに出てこなかったからと言うだけで怒ったのではなかった。蕎麦屋に入る前から実は「怒りのタネ」はあったのだ。本を読めば分かる。
「小諸城の城内は、懐古園という公園になっている。その前の広場に古い蒸気機関車が置かれていて、まわりに大衆食堂が軒をならべ、どいうわけかパチンコ屋並みの大音響で音楽が拡声放送されていて、足がひるんでしまった。」と書いている。そして大音響から逃げるように蕎麦屋に入るのだが、そこで出くわしたぶっきらぼうな女店員の応対にあきれてしまった。無粋な観光地の大音響と無神経な女店員の応対にすでに怒っていたところに、主人とのケンカ腰なやりとりでついに腹の虫が据えかねた、というあたりがコトの真相だったのだ。(しかし、その蕎麦の味は美味かったと評価している)
いや~、おもしろいなぁ、司馬さんと縁のあるヒトから直接そんな話を聞けるなんて。

後日譚がある。ご主人の店は繁盛し県内の某所にも支店を出したが、ある日ご主人が支店で用事をしていると、なんとその店に司馬遼太郎が立ち寄ったのだという。まったく偶然の再会だ。「いや、店の名前が同じだったからひょっとしてね」という司馬遼太郎に、ご主人は「あの時は失礼しました」と謝った。すると司馬さんは「いや、こちらも余計なことを言ってしまって失礼でした」とおっしゃってくれたそうである。
その後わだかまりがとけたのかどうかは知らない、しかしご主人は「謝ることができた」ことにほっとした。「思えば不思議な出会いだったのですなぁ」と豪快に笑うご主人の名刺をあらためて眺めると、「信州そば産地表示推進協議会 会長」とあった。「小諸のそば」を全国区にし、「信州そば」を「7割そば」で売ろうと、現在も奮闘中の伝道師なのだった。良い人と出会えた。

司馬遼太郎

司馬遼太郎の「未公開講演録愛蔵版」というのを少し前手に入れて積んでおいた。「講演録」だけでなく「書簡」「取材こぼれ話」「対談」など、およそ今まで未公開だったと思われるあらゆる記録が掘り起こされて収録されている、ファン垂涎の本だ。
全8冊。1冊が「新潮45」くらいの体裁だ。背表紙に「司馬遼太郎が語る日本」と、同じように書かれてあるので、同じ本が8冊あるように見える。しばらくそのままにしておいたが、近頃読む本がなくなったので、これを手にとって蒲団にもぐりこむことが多い。面白くて寝られなくなった。ものすごい知識量に圧倒される。筆まめであることに圧倒される。取材過程で出合った市井の人々に丁寧に深い所で接していくその交流の仕方の誠実さに圧倒される。

私は高校生の時少しだけ「図書委員」というのをやっていたことがある。ある日ある女子生徒が「あ~、終わってしまった」というようなタメイキとも呟きともつかぬ言葉を発しながら本を返しにきた。同級生だったので「何読んだの」と聞いたら「コレっ」と言ってカウンターに置いた本が「竜馬が行く」だった。私は「本好き」だったが、そんな難しそうな本は今まで読んだことがなかった。本が難しそうというより「司馬遼太郎」という名前が難しそうだった。そんな名前のヒトが書くものは難しいに決まっている。そう思っていたところへ私と同い年の女の子が愛しげに「竜馬が行く」を読み終わってしまったことを嘆いて、なんとなく茫然としているのだった。私の方が茫然としてしまった。「そんなに面白いの?」と聞く私に「え? この本しらないの? 絶対読まなきゃダメよ」と我に返った彼女は毅然としてそのように言った(と思う)。彼女は少し可愛く、一部ではマドンナ的存在でもあったので、私は「マドンナ」が読む本としてはミスマッチなのではないかと思い戸惑った。しかし、マドンナがそこまで読み込む本とは一体如何なるものかと興味も湧いて、その日さっそく同じ本を借り出して読むことにした。しかし図書カードには彼女の名前しか書かれていない。彼女以外には読まれていないのだった。そんなに「不人気」な本なのか?と躊躇したが、マドンナの下に自分の名前を続けて書くのはなんとなくときめいた。
その日から司馬遼太郎は私の愛読書となった。高校にある司馬遼太郎の本はだいたい読んだ。そしてほとんどの場合その図書カードにはマドンナの名があった。彼女の名前と私の名が並んで書かれているカードが、あの棚に何冊も並んでいるんだ、と思うこともひそかな私の楽しみともなった。

というような司馬遼太郎との出会いを思い出して、今晩は本を読む前から寝られなくなっている(~_~;)

奇跡のリンゴ

絶対不可能と考えられていた「無農薬リンゴ」に敢然と挑戦し、様々な艱難辛苦の末に成し遂げた青森の木村さんの物語はもう多くの方がご存知であると思います。「奇跡のリンゴ」としてテレビにも何度と無く取上げられ、今では世界中から注文が殺到、木村さん自身も講演で世界中を飛び回っています。地中海で講演会をした後、木村さんの教え通り育てたオリーブ農家から「ひどい台風の折、自分の畑のオリーブだけ落下しなかった」と報告が届いたそうです。世界中で「奇跡のリンゴ」と同じことが起こっているのですね・・・。
1冊目の本「奇跡のリンゴ」は私も手に入れて読んだし、多くの方が読んでいる。ところが2冊目の本「すべては宇宙の采配」がなかなか手に入らなかったし、読んでいる人もあまり多くないらしかった。そんな時偶然にも「青森の木村さんに会いに行った」という方が我家に泊まりにきてくれた(これは偶然か?それとも?)。話が面白かったのでますます本が読みたくなり、つい先日ある場所で「木村さんの“すべては宇宙の采配”を探してる」と喋ったら、なんとその場にいたヒト2名が「あ、今読んでるから終わったら貸してあげる」「私はもう読んだから貸してあげる」と言うではありませんか♪! え~っ、それこそ奇跡だ。で、さっそくお借りし、たちまち読了。2冊とも私が今年読んだ本のベスト1だと言えましょう。
木村さんの「奇跡の体験」はどれをとっても「奇跡の体験」なのに、その数が多すぎる♪ そんなにいろいろ体験しちゃっていいの?何故木村さんに起こるの?というくらいの奇跡が人生の節目節目に訪れる。時間が止まったり、龍を見たり、UFOに乗ったり、謎のカレンダーを見たり、幽霊と車に乗ったり、天国近くまでシャボン玉に入って行ってしまったり、もう、どうなってるの!?!?・・・と書くと、頭から毛嫌いするヒトもいるでしょう「そんなバカな」と。しかし木村さんのこの本だけはそういうヒトが読んでもおそらく素直に読みすすめることのできる稀有な本だと思います。木村さんの全人生からみれば「そんなこと」は多分「どうでもいいこと」なのです。だから淡々と書き進めていて、読むヒトに嫌悪感とかマユツバだとかの思いを起こさせないのだろうと思います。
本日、その本を返しに行ったところ本人は不在だったので、その息子さんとしばらく話していたら、驚くべきことに、その息子さんも既に青森で木村さんにお会いしてきました、だって!!。
どうしてこう急に「本を持っているヒト」「読んでいるヒト」「木村さんに会いに行ったヒト」が私の身の回りに現れるのだろうか(これは偶然か?それとも?)。で、私も木村さんに会いに行きたくなってしまった。う~ん・・・こうやって「木村さんに会いたい」って思うヒトが何人もいて、実際に会いに行っちゃうヒトも多くて、きっと木村さんは迷惑してるんだろうなぁ・・と思ったり・・・。青森はチョット遠いけど、高速道路¥1000の時なら行けるかな・・・。行って何を話すかはもう決めてあるので、こりゃ、行くっきゃない??  ただいま真剣に悩み中。