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パワーかフォースか

勇気や希望やヤル気などのエネルギーを人に与える力を「パワー」といい、
憎悪や嫉妬や征服欲などで人から力を奪うエネルギーを「フォース」というんだそうだ。
先日立ち読みした本にそんなようなことが書かれていた。

人は知らず知らずのうちにフォースの力を出してしまっているのではないか。
特に体力が落ちている時や気弱になっている時、
或いは物事がうまく行っていない時やライバルに先をこされたと思った時、
自信が無い時や、逆に自信過剰の時、などなど・・・。
負のエネルギーを「フォース」というのかもしれない。

しかし
そんなときに無理に「パワー」を出す必要はありません。
「フォース」の力を弱めればいいのです。
それには「ありがとう」という言葉を口に出して言う。
場合によっては素直に「ごめんなさい」という。
それだけ。

ここのところ立て続けにめぐり合った二つの事柄
「ブルーソーラーウオーター」のホ・オポノポノと
アカシックレコードの意味するところ。
この二つは多分同一の事柄だと思います。
説明をすると長くなるので結論だけ書きましょう。

「ありがとうと口に出して言うことが、人生を楽しく送る上で最も大切なことである」

ということです。
ハハハ、案外まともで正気な結論で
よかったよかった(*^^)v

食堂かたつむり

「食堂かたつむり」という本が届いた。
送って下さった方は、当館にもたまに泊まりにきてくださり、30年来のつきあいがある女性。なんとその方の義妹が書いた本だという。「小川」さんといって音楽もやり本も書くのだそうだ。へ~、そんな義妹がいらっしゃったとは! ちっとも知らなかった。

帯に書かれた書評が音楽関係者による寄稿だったのがなんだかワザとらしかったのと、装丁が若い女性向きであると思われたのとで、なんとなく食指が動かず、読むのを躊躇してしばらく読まずにいた。が、枕元に置きっぱなしであったからか、本の表紙が「まぁ、一度手にとってくださいな」と言っているような気がして、昨晩読んで見た。

とても感性豊かなヒトで、独自の表現力も持っている作者だなとすぐ感じた。「食堂」の描写や「料理」のレシピや「情景を語る言葉」選びに若い女性ならタメイキをつくに違いない。私も少しだまされかけました。しかし残念ながら物語の構成力がオジサンを唸らせる仕組みにはなっていなかった。
「なんでこうなるの?」と思わせてはいけません。小説は所詮「ウソ」なのですから読者を気持ちよく騙してくれなければ。情緒と感性でだけで説得力のあるウソをつけなかったのは惜しかったなぁ。少しの力不足だったように思われました。

しかし作者の感性はキライでないので「読んで損した本」の部類には入りません、むしろ私の本選びのクセからいって「自分ではほとんど絶対買わない部類の本」を読むことができたので有難かった。送ってくれた女性とこの本の作者に感謝したい。しばらく味わったことのない読後感だったことは確かです。でもヒトにはすすめません。多分好き嫌いの判断の分かれる本だろうし、なんだか似たような本が世の中には沢山あったような気がするので、あえてこの本をよまなくても・・・と恩うのです。

「西の魔女が死んだ」と「送りびと」をあわせたような、そんな感じがしたのです。

で、なんですって? この本ってベストセラーなの?? しらなかった。
送って下さった方にまさかこの本がベストセラーだなんて知らず
トンチンカンなお礼を述べた。山に住んでいると
都にこの頃流行るモノが伝わってこないもので、すみません。

村長ありき

「いのちの作法」自主映画上映会が大盛況裏に終了した。「福祉」や「医療」を題材にしたマジメな映画を私たちの様な素人集団が自主上映して、昼夜満席にしてしまうなんて、一体誰が思ったでしょう!? 駐車場係りとして立っていると、次々に知った顔が入ってきた。「あのヒトも」「このヒトも」「思わぬヒトも」現れて、チケット販売に「いのち」を燃やした(?)実行委員たちの働きぶりが想像できました。映画の力もすごいが、実行委員たちの力もすごい、と感じた。委員の末席に関わらせていただいてよかったなぁと思いつつ誘導棒を振ったのでした。
昨晩あらためて皆から読め読めといわれていた「村長ありき」を読んだ。いや~この本の力もすごかった。映画からは想像できないバイタリティと反骨精神に溢れた村長がどのページの上にも躍動している。映画が、現在の美しい村の四季と深沢村長の遺志を受け継ぐ人々の生活ぶりを静かに淡々と映し出しているのに反して、この本は波乱万丈の深沢村長の一生を忠実にあぶりだしていた。戦争の波を否応無く被る時代、何処よりも貧しく不便な山国で育った深沢少年と村を出た深沢青年。大人になって村に帰ってきた深沢。
この「人生」があっての「深沢村長」であり「沢内村」なのだと、しみじみ映画を振り返った。村長の死後既に40年が経ったというのにいまだに雪深い不便な村でナゼ人々が温和に、しかしチャレンジ精神豊かに生きていくことを続けていられるのか、映画からはうかがい知れなかった背景を読むことが出来た。
映画に興味がなくとも、政治に興味がなくとも、そして福祉や医療に興味がなくとも、「本」や「読書」に興味があるヒトなら誰にでもお薦めしたい本である。純粋に「本」としての面白さに読者は圧倒されるでしょう。「近頃読む本がない」とお嘆きの貴方は、今すぐ本屋にGO!
(正直に書くと、映画より感動しました)

富士 VS 月見草

「富士には月見草がよく似合う」と書いたのは太宰治。「長島がひまわりならオレは月見草」と呟いたのは野村(現監督)。言葉としては野村監督の呟いた文句の方が心に響くし、言いたいことも伝わってくる。私は堕罪の、あ、「だざい」を変換して「堕罪」と出ることを初めて知った!。ま、それはともかく、太宰の名(?)文句が一体どうしてこんなに世に広まったのか全く見当がつかなかった。「富士に月見草が似合ったからといって、それがどうしたの? マツムシソウじゃいけないの?」と疑問だった。世の人は皆、本当にこの文句に納得しているのだろうか、と長年疑問だったが、本日晴れました♪

山梨日々新聞社刊「歴史と自然 甲州の峠」という本。借り物だがナカナカやりますなぁこの本。全編詩的かつ知的な興奮を与えてくれる。「山と本」好きの万人に読んでいただきたい名著だ。平成6年に発行されたのに既に絶版というのがイタイ。山梨日々新聞社も宣伝がヘタだなあ。こういう名著は即刻復刻すべし。

で、本題に戻る。その本から引用します。太宰は昭和13年9月から約80日間、御坂峠の天下茶屋に滞在した。件の名文句はその時の体験がもとになっているが、太宰がその当時どんな状況にあったかというと
昭和10年 3月鎌倉山にて自殺を企て失敗 4月腹膜炎で入院 8月芥川賞候補に挙げられるも次点
昭和11年 2月パピナール中毒症で入退院を繰り返す。 7月芥川賞候補、再び落選。
昭和12年 3月妻と水上温泉に行き自殺を企て未遂。帰郷後離婚
まるで死神と同居しているかのような太宰の姿が浮かび上がってくる。かさむ借金。そうした一切のこれまでの生活に絶縁するのが、この旅の目的だった。すすめたのは井伏鱒二だ。

河口湖町から天下茶屋に帰る途中のバスの車内の出来事である。
「60歳くらいの、私の母とよく似た老婆」がぼんやりとひとこと「おや、月見草」そう言って、細い指でもって、路傍の一ヵ所を指差した。さっとバスは通りすぎてゆき、私の目には、いまちらっとひとめ見た月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残った。3778メートルの富士の山と立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんというのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、よかった。富士には 月見草がよく似合う。
有名な富嶽百景の場面である。
これを著者はこう解説している。

車掌が「富士が見える」というので車内がざわめいた。しかしその母に似た老婆が、富士と反対側の車窓をながめてふと「おや、月見草」と呟いたのである。天下茶屋に滞在していた頃、太宰はきっと巨大なものと対決していたのだろう。それは世間でもあり、彼自身を含む一切のものであったかもしれない。「母に似た老婆」は「おや、月見草」と呟いてくれたのである。富士とけなげに対峙していた月見草を認めてくれたのである。

ふ~む、なるほど。「富嶽百景」は高校生の頃読んだ記憶があるが、そこまでは読みきれなかった。巨大な富士と対峙する月見草を「得体の知れない何か巨大なもの」と対峙しなければいけない自分と重ね合わせたのですね。「すくっと」立っていれば認めてくれる人も現われる、そのことに太宰は気がついたのでしょう。自分もあの月見草のようにならなければ、と誓った瞬間だったと思います。それが分かると「富士には月見草がよく似合う」という名文句が大変力強く意味深いものとして腑に落ちます。

長年頭の隅にあった疑問が、このように本を読んでいてポロリとウロコが落ちるように氷解していく瞬間というのは大変嬉しいものです。著者の和泉定廣さんに感謝。
私は太宰ほど深刻で巨大なものを抱えていないが、今度富士登山をするにあたって、自分と富士を対峙させ、「すくっと」歩けるか挑戦してみよう。

アヤシキ本群

書いたかどうか記憶に無く、調べるのも不精という末期症状を呈する生活態度ですみませんが、カッコウが鳴きました♪ 18日の朝のことですけど。あれ?絶対どっかに書いたよなぁ、このこと・・・?? まいいや、とにかく私は嬉しいのです、カッコウが今年も来てくれて。なんでカッコウは私のハートに突き刺さるのだろうか? ひょっとして前世はカッコウだったのか? きっと自分で子供を育てるカッコウだったんだ。カッコウ仲間からはイヤミな奴、と思われてたかもね・・・。いや~初夏だなあ。あ、思い出した、昨日徹夜して仕上げた歩こう会の会報に書いたんだ! やれやれ、思い出してよかった。ボケ2分前だ。世界終末まであと何分という時計があるが、私のはボケまで後2分に後退したね、よかったよかった。皆さん、たまには歩こう会の会報でも読んでやってくださいな。 苦労してんスからンとうにもう。って、何書いてんだか分からない本日の日記ですみません。ワインの酸化防止剤が多分効いております(~_~;) 老化防止剤も入れとけコラ って、あ、またすみません。

本日80歳に近い私の友人が(すみません大先輩に)「多賀さん、この本あげる」といってヒモで結わえた30冊くらいの本を持参してきたのです。女性ですが力持ち。よくこんな重いのを持ってきてくれたなぁ、素直にうれしいデス。持つべきは書を読む友人だ♪ 聞けばダンナが亡くなったので膨大な書棚を整理しているのだとか。なんだ、呼んでよ、そういうことなら!貰いにいきますヨ。
ま、いろいろ事情があるのでせうから、押しかけることは止めておきますが。 戴いた30冊をチラっと見ればなんと「色好み、色がらみ」のアヤシキ本ばかり(^^ゞ 「こういう本は多賀さん、大好きだろうと思って」っていうけど、あたってます、それ・・。亡くなるまで謹厳実直なダンナがこんな本を所蔵しているなんて思わなかったそうだ。捨ててやろうと思ったが、私の顔が浮かんだというのが、なんともはや有難いというべきか、迷惑というべきか、いや、ちっとも迷惑ではアリマセンが・・・。極めつけは30年くらい前のアメリカ版プレイボーイ。30年前といえどアメリカであります、実にオープンであけっぴろげなレディ達が艶然と微笑んでいるではありませんか。「どうしたのコレ?」と聞くと、30年前に初めてアメリカへ行った娘がパパの為にお土産だといってこっそりトランクの奥に忍び込ませ日本に持ち込んだというのであります!? いや~アッパレな娘さんだ。パパの為にプレイボ~イですよ(*^_^*) その娘さんももう60。母と一緒に父の遺品を片付けているというわけです。自分があげた雑誌を大事に保管してくれていた父をなんと思うのでありませう?「嬉しいナァ私のあげたものをとっておいてくれた」と思うのか、「このスケ○オヤジ」と思うのか? 自分が買ってきてあげたのだから「このスケ○オヤジ」とは思わないでしょうけど。

私のところにも多少の蔵書があるが、死んだら絶対家族は迷惑だろうなぁ。図書館に寄贈するほどの貴重な本はないし、どこででも手に入る本がウチにも沢山あるだけのコトだから、金には化けない。今から本の行く先を考えておこう。アヤシキ本群は一体ダレに寄贈しようか、なんて考えるとたのしいなあ(^^♪

月刊プレイボーイ最終号

本を読んだシリーズ その3
今月号で廃刊だというので月刊プレイボーイを購入した。
特に愛着があるわけではないが、私は昔雑誌の創刊号と終刊号を集める趣味を持っていて、その虫が久々に出たということでしょうか。かつて平凡パンチの創刊号と終刊号を持っていて自慢していたら、いつのまにか貸したものが返ってこなくなって紛失してしまったという苦い経験がありますが、本屋で創刊号と終刊号を発見するのはワクワクする出来事です。
文芸雑誌は比較的寿命が短いので、創刊号さえ買えばすぐに終刊号も手に入って、中身などよく読まないくせになんとなく満足してました。映画雑誌の「スクリーン」の最終号や「暮らしの手帖」の(第一次)終刊号、「明星」、「週刊ベースボール」などなど・・終刊号は多分50種類くらい集めた。まぁあまり意味のある趣味ではなかったような気もしますが・・・。そうだ、写真週刊誌がやたら出てきた時に、ほとんど全ての創刊号を買っておいたが、あれはまだあるだろうか?ま、なくてもい~んですけど。
で、月刊プレイボーイの最終号ですが、まぁ、なんと申しましょうか、近頃は哲学のない雑誌に成り下がっていましたので最終号となっても仕方ないですかね、という感想。というよりも、昔よくプレイボーイに寄稿していた作家達には読者を引っ張るオーラがあったような気がしますねぇ。開高建、石原慎太郎、野坂昭如、写真家も立木義浩、細江英公、漫画家に柳原良平などなど。雑誌は情報を集めるために読むのではなく、刺激的な考え方や生き方や哲学らしきものを感じ取るために読んでいたような気がするんですが・・。
今、本屋で大人の男向け雑誌というと「大人の隠れ家」というようなタイトルで温泉宿や粋な居酒屋を紹介したり、「チョイワル」を気取って小物とオシャレを楽しむだとか、週末は田舎で暮らそうとか、いう情報ばかり。トレンドを扱うのみで自ら文化を創ろうという意気込みが感じられない。ある編集者が言っていたが、今の雑誌作りはそれでいいんだそうです。魚影の濃いところにパっと網を放って、採れなくなればサッと引き上げてまた新しい魚影を探す。発刊と終刊の繰り返しでないとやっていけないのだとか。なんだか焼畑農業みたいだなぁ。もっとも私みたいな趣味のヤツが大勢いるから成り立つんだろうね。んじゃ趣味を再開してやるか、出版業界の活性化の為にも。でもよく考えるともったいないか、たいして価値のない雑誌の創刊号やら集めても。
だれか目の覚めるような雑誌を発刊しないものかなあ・・・。