FC2ブログ

新年会

実家にはもう爺ちゃんも婆ちゃんもいないが、新年会は続いている。何十年このような「家族の履歴写真」を撮っているだろうか。だいぶ世代交代が進んで、私たちの世代が爺ちゃん婆ちゃんになりつつあるので、相変わらず写真には幼子が写っていて、パッと見は、いつの時代の写真家わからない。「アイドル」たちが泣いたり笑ったりするだけで場が明るく楽しくなるのは当然「身内の子」だからだが、「血」というのは不思議な力だといつも思う。
1-1-8-yokohama.jpg
ある村のルポで「赤ちゃんの生まれない村は滅びるしかないのです」というのがあったが、今過疎の村や限界集落と呼ばれている村でそういう現象が起きているようだ。我が家は、今年生まれる予定の子を入れれば乳幼児が3名、学生を含めて独身男性が2名、独身女性が2名と、まあなんとか滅びず続きそうな気配ではある。
一昔前にこの集まりの「アイドル」だった我が娘たちはあっという間に「お年玉さえ貰えればすぐ町に消える現金娘」となってしまい、今日も新年会お開き後、どこかに行ってしまった。
見よこのノーテンキな幸福感に溢れた二人を。
1-1-8-2.jpg
世の中がいつまでも平和でありますように。

新年の挨拶に。

家族4人でお爺ちゃんとお祖母ちゃんの入っているホームへ新年のご機嫌伺いに出かけた。二人の症状は違うので別々のホームだ。まずは爺ちゃんに御挨拶。残念ながら我々4人が誰だかはもう分からなくなっている。しかしかみさんは頻繁に、私はたまにだが会いに来ているので、特に違和感がないらしい。由佳と梨絵については完全にどういう関係の人間だか分からなくなっていた、が、私たちと一緒なので、にこやかに応対してくれた。昨年あれだけ逃亡を企てたり色々なことをやらかして、どうなることやらと周囲をはらはらさせた人とは別人のように、おだやかでやさしい笑顔の人になっていた。話はちぐはぐだが、ウンウンと返事をしていると、しゃべりたいことをどんどんしゃべってくれる。仕事一筋で真面目な生き方をずっと通してきた人らしい話が飛び出る。お爺ちゃん、もう何も心配しないでゆっくり過ごしていいんだよ、と言っても、本人はまだまだ仕事がしたいらしい。食べるくらいは稼がなくちゃな、なんて言っている。頼もしいなぁ。私が認知症になったらそんなことを言うだろうか? 呆けたとはいえ言葉の端々に往年のお爺ちゃんらしい雰囲気の表現が出ていて、懐かしかった。私たちが誰だか分からなくても、帰り際は一緒に帰りたかったらしかったが、ホームの出口の扉のところで職員のかたにうまくごまかされて連れて行かれたのが、いつものことながら可哀そうだった。
お祖母ちゃんは体の具合がわるいのだが、頭ははっきりしているので当然ながら由佳のことも梨絵のことも分かっていて、会いに行ったらお年玉をくれた。「帰りにどこかで夕食を食べて帰るんだろ」といって、私たちにまでお金をくれた。ありがたく受け取った。家で療養していた頃とは格段の差で、ベッドの上に起き上れるようになったばかりか、杖をつかって少し歩けるようにまでなった。体を自分で動かすことが出来れば体力の回復は早いだろう。言葉がうまくでないようだが、笑顔がでていたので、これも安心材料だ。
様々な老後がある。様々な病状がある。様々な家族がある。お爺ちゃんお祖母ちゃんは幸せなのだろうかと思いながら帰ってきたが、現状はこれで私たちのできる精一杯なので許していただく他はない。娘たちは「人が老いていく」姿を見て何を感じただろうか。

避けて通れない人生の根本問題「人は何故生まれ、ひとは何故老い、人は何故病み、人は何故死ぬか」という「生老病死」を四苦だと仏教では説くが、「苦」という言葉を使うところに違和感があるなぁ。生老病死は自然のリズムに過ぎないのではないか。生者必滅・万物流転の考え方からすれば生老病死もまた自然。こだわらず従って新しい命に次を託すのが自然なのではないだろうか。なんてなことを漠然と考えながら帰ってきた・・・。
呆けていようといまいと、お二人からはそれぞれのそれまでの人生を感じさせるオーラが出ていて、人としての尊厳とでもいうようなものが感じられた。結局のところ、自然に従って尊厳を失わないのが人間というものではないのか、と思えた。今日という一日、お爺ちゃんお祖母ちゃん、そして全てに感謝。

時間になりました??

今日(11/7)夜の8:44、いきなり私のケータイが「時間になりました、時間になりました」とささやき始めた。私はアナログ人間で、ケータイでスケジュール管理などしないので(できないので^_^;)最初はなんだか分からなかった。が、どうもケータイから音がして、スケジュールに関することらしかったので、開いてみると、なんと画面は、今日は我が父の命日だと教えていた((+_+)) エ~ッと驚き、なんでなんで??と頭をフル回転させてみたら、どうやら私自身がズボラで父の命日など絶対わすれると自覚したのか、慣れないケータイの手帳機能を使ってなんとか自分でメモしておいたのだった。ということを思い出した。
実に親不孝な息子だ。父の命日を忘れるなんて・・・ま、メモしておいただけいいか(*^^)v。あわてて父の写真に酒を供えて、私も一杯やった。1周忌は来週執り行うのだったっけ。 ゆるせ父よ。
ちなみに母の命日もメモしたんだっけ、確か母は6月だったよなぁとスケジュールを繰ってみたら、はたして6月14日にちゃんとメモがしてあった。8:49となっていた。父の時間と近すぎるところを見ると、これは亡くなった時間ではなく、私がメモした時間なのね??
それにしても、スケジュールって、メモすると必ず「時間になりました」とか言ってくるものなんですか? そういう設定にした覚えはないので、きっとそうなのだろうなぁ。だとすればウルサイなぁ。消せるんだろうけど。
いつも11月はヒマなんだが、今年は大きなウオーキング大会を入れてしまったのでなんとなく気忙しく、父の命日をすっかり忘れていた。そういえばつい最近娘が「お爺ちゃんの夢を見た」と言っていたが、それって私に「何か気が付け!」と伝えにきたのだろうか? すみませんねぇ、気が付かなくて。

DNAか、獲得形質か

ただ今次女と二人暮らし中。
8-3-2n.gif
結構楽しくやってるよと、ある日の食事風景を↑
シャメして長女に送ったら

↓こんなシャメが帰ってきた。
8-3-1n.gif
コメントに曰く、「ある日のオール」だと。
「オール」とはいまどきの言葉で「徹夜」のこと(らしい)。
飲み会だかカラオケ会だかしらないが、友人たちと飲み明かしたようですネ。

大学生らしくどれも安そうな酒ばかりなのでほほえましいが
遺伝だろうか、獲得形質だろうか。

遺伝だとすれば酒の上での失敗ありきの人生が彼女を待っている。
獲得形質だとすれば、もっと他に獲得すべきものがあったハズで、回り道の人生が彼女を待ち受けている。
グフフ。どちらも波瀾万丈(*^^)v 
いよいよ人生を歩み始めた娘よ、八十八ヶ所の鬼門が待っているか、108つの楽しみが待っているか・・・。
乞うご期待だね、楽しみたまえ。

父も娘も成長中の夏です。

猶予は20年

千葉に住む長女が川越のかみさんの実家に祖父ちゃんの様子を伺いに行ったようだ。孫から見れば大好きなお祖父ちゃんをどうして施設に入れてしまうのか、と思うところもあるだろう。しかし、実際に対面して入所やむなしと思ってくれたのではないかと期待する。誰も好きで祖父ちゃんを施設に入れるわけではない。誰も好きで入所するわけではない。政治家が使う「苦渋の決断」或は「断腸の思い」という言葉はこういう時にこそふさわしい。
私もあと20年後くらいに同じ立場になるかもしれない。その時、最低限のお金(葬式代又は入所に必要な資金)を子供たちに残してやれるかどうかと考えると・・・う~むむと唸らざるを得ない。まぁ、我家を売ればなんとかなるだろうが、そう急に売れるものでもない。娘らよ、猶予はあと20年だ。今からなにか手段を考えておきたまえ♪ わしゃ知らんかんね~(^_^)v

老老介護・近況

見通しが少したってきました。数々の検査や面談や問診などを経て、やっとじい様は入所可能、ばあ様は入院可能な状況であるという判定が下されました。って、あのさぁ、そんなの一目で、或は1回の検査で間違いなく分かるでしょうに、どうしてこんなヤヤコシイ段階をふまなくちゃいけないの? なんて毒づいちゃいけません、おたいらにおたいらに。
で、あれこれ算段をつけてじい様は今月下旬くらいに施設に入れるようなテハズが整いました。おとなしく入ってくれるかどうかが心配ですけどね、オン出されたらその時はその時、また考えましょう。ばあ様はベッドが空いたら入院ということになりました。いつになるかは分かりませんケド。ま、しかし今までの暗中模索状態とは違って、少し霧が晴れてきた感じです。
じい様をムリに施設に入れなくても、と思ったのですが、かみさんに倒れられたらもう打つ手がないので仕方ありません。しばらくはばあ様だけを看て過ごせばいいから楽になるでしょう。

少し暗いハナシですが、ネットで誰かがこんなブログをUPしていたのでコピペします。
「東京都大田区で、87歳の無職の男性が死亡しているのが発見されたという記事を読んだ。
 老人は年金生活者で、80歳の認知症の妻と知的障害を持つ51歳の息子と3人暮らしで、買い物や食事の準備、施設の送迎など、妻と息子の介護をしていたという。先月の半ばに妻が近所の知人女性に、最近お父さんが食事しないと話し、その女性が家を訪れて、布団の中で亡くなっている男性を見つけた。死後1週間以上が経過していたという。妻も息子も老人が亡くなったことが分からなかったようだ。警察の調べでは、死因は脳出血とのことだ。」

う~ん・・・。2009年の出来事のようです。状況がまるで私と違うとはいえ、何か身につまされる思いです。そしておそらくこれに近いような状況の家族は今、日本中に溢れているのだろうと思います。介護される側の人が安心して何かのサービスを受けられるような社会の実現を政治の目標としなくてはいけないし、介護をする側の人が希望を持って介護を続けられる仕組みを構築することも政治の目標としなくてはいけません。「すべて国民は個人として尊重され」「すべて国民は 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」のです。

ともあれ、我家の方は、入所と入院という最初から想定していた一応のゴールが夏前には実現しそうでなんとかホっとしています。が、あくまで「一応のゴール」であります。じい様が退所させられ、ばあ様が退院してきたらどうするか。まだまだ不確定要素の多い、先の長い話デス。また、このままずっと入所と入院が続くとなると果たしてその費用は・・・、なんて別の心配も。

最近になって「スーパーに買い物に行く」という仕事が私の日常になりましたが、気をつけて買い物客を見ていると、きっと一人暮らしか、つれあいを介護しているのに違いない、と思われる男性を良く見かけます。明らかに「好きで」買い物をしているのではないニオイを出しています。私と同じように買い物に慣れていないそぶりが初々しく^_^;、なんとなく身近に感じられて思わず「がんばれよ」と心の中で応援してしまいます。私には健康な娘がいて、妻もそのうち戻ってくる、という希望がある。彼らワケありの男性の方々に「希望」はあるのだろうか。なんてね、余計なお世話か。悲劇体験、レ・ミゼラブル。貴方の身に起こるのは明日かもしれません。

明日の弁当 予告先発 メイン・チキチキボーン。サブ・特製卵焼き、きんぴら他数点 野菜・プチトマト ご飯・海苔とサケフレークの2段重ね。デザート・プッチンプリン 飲み物・冷たいお茶と温かいアップルティー