改憲に期待50%

毎日新聞の世論調査によると「改憲に期待する」が50%で「期待しない」が48%であるらしい。ミクシーの記事をちょこっと読んだだけなので詳しいことは分からないが「期待する」って何に期待するんだろうか? 「期待しない」って何を期待しないんだろうか? 基本的人権か 天皇の地位の明文化か、第九条か、徴兵制か、なにをどう期待するのか期待しないのかまったくわかりません。これまでもそうだったが、護憲改憲の議論は中身について全く報道されておらず、ただ面白おかしく数字だけをあげつらう。

 私は改憲派です。現在の第九条は自衛隊の海外派遣などについてどうにでも解釈できる曖昧な文言らしいので(私は曖昧と思っていないが、政治家諸君が勝手に曖昧にしている)、これを明らかに「ダメ」としか読めない文言に変えてしまうこと。文言の解釈で兵を派遣できたりできなかったりというのは明らかにおかしい。ご都合主義の政治家が曖昧なのだが、条文が「どうとでもとれる文言である」なら、「明らかに派兵をできなくしてしまう文言に」書き直してしまえばいいじゃないか。そういった意味での改憲派なのであります。

改憲派というと「軍隊を持ち他国の脅威から自国を正当に守れる形にすべき」という考えの方々のことを指すのだと一般的に思われているが、私のようにたとえ防御の為の戦争でも断固反対なので、余計な解釈ができない文言の第九条に直してしまえ、という一派もいるのです(ややこしいでしょうけど)。なので、単純に護憲か改憲かなどといった言葉でくくって記事を書いてはいけない。

天皇制はどうするのか、自衛隊を軍隊にするのかしないのか、国連軍の一員として海外派兵するのか、徴兵制を復活させるのか、一つ一つの内容に触れなければ。

戦争が出来るような憲法をつくるということは「徴兵制」が復活するということだ。この3月、自民党の憲法改正推進本部が徴兵制導入検討を示唆したという「誤報」が流れ、大島幹事長があわてて否定していたが、私はこれを「誤報」とは思っていない。いよいよこの国はあぶない。憲法をどうするかの一点だけで、私は鳩山さんがいくら頼りなくとも民主党支持である。

沖縄基地の問題で政府がどうするか皆ヤジウマをしているが、基地の問題は政府の問題ではなく、我々国民の問題である。私は日本に基地は不要と考える。誰もオラが郷土に基地など来させないだろう。ならばアメりカ帰ってもらうしかないではないか。。アメリカのご機嫌など取る必要はない。私たち国民がはっきりと基地不要論を政府に対してでなくアメリカに主張すれば、アメリカが私たちのご機嫌を取りにくるだろう。基地が必用なのはアメリカの方であるのははっきりしている。にも関わらず何故日本が頭を抱えるのかわからない。
基地がなくとも友好国として付き合える。日本はアメリカ以外の多くの国とも友好的に交流しているが、それらの国々の基地は日本にない。何故アメリカだけ特別扱いなのか? 

いまだにコーンパイプとレイバンのサングラスで厚木基地に降り立ったマッカーサーに怯えているのかもしれない。

ところで、今日の日記のカテゴリーを「いのちの作法」とした。昨年の自主映画上映に関わった方々ならずとも「オヤ?」とも「アレ?」とも思うだろう。しかし、第九条を考えるとき、結局一人ひとりの「いのちの作法」が問題になってくるのではないかと思う。
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愛語回天の力あり

戴きました。「愛語回天の力あり」の言葉。
本日我家に投宿された太通老師は山田無文老師の直弟子にして現代臨済禅を代表される名僧。奇縁とはこのことだ。UFOを呼んで喜んでいるような我が宿に現代の名僧が投宿される意味をいろいろ考えたが、まぁいいやこだわらなくてもと禅的に考え、心を空にしてお迎えした。
どこかでお目にかかったようなご尊顔であられるなぁと思ったが、そうだ、ダライ・ラマ14世だと気づいた。やさしく、人を緊張させない物腰。そこに居られるだけで我家が浄化されてしまうような感覚、そうか、我家は名僧さえも引き寄せてしまうのだ、と勝手に解釈して一人悦に入る(*^^)v。いろいろお話を伺い至福の時間だった。
色紙がなかったので、失礼かと思ったがちょっと見栄えのいい厚紙に、何か一筆頂戴しようと差し出した。好きな言葉はと言われたので咄嗟に「愛」とキザな一文字を言ってしまった^_^; 「愛」と言うのは仏教では執着と捉えられている。まずかったかなと思ったが、戴いたのが「愛語回天の力あり」という文字だった。道元禅師の正法眼蔵に拠る言葉だそうだ。へ~道元さんは「愛」という言葉を使ったのか! 「慈愛」という意味だそうで、なかなか奥深い意味を持つらしいが、分かりやすく言うと「思いやりのある言葉は、人を変えていく力がある」ということのようだった。いや~、いい言葉だなあ。しかもこの場合「天=宇宙=人」という意味だそうだから、まさに先日UFOコンベンションでKENさんから「一人ひとりが宇宙そのものなんだ」と言われたとおりのことではないか。計らずもUFO研究家と名僧の言葉が一致してしまった。嬉しいですね~♪ 名僧の我家投宿の意味はそこにあったのかと思う。「愛語回天の力あり」を今後私の座右の銘にしよう。

「なんのために生きるか」と問う人あらば「それを知るために生きるのだ」と答えよ、とも。
自分の存在が宇宙の存在そのものだったのだと悟って宇宙に還る日を夢見て、今日も我は「愛を語って生きる」ことにいそしみましょう(合掌)

昼の部 満員御礼

映画「いのちの作法」の自主上映で、チケット販売のお手伝いをさせていただいているが、あまり私が働かないうちに「昼の部満員御礼」になってしまった。 いやすごいことになった。マジメで一部の方々にしか向かない映画だろうと私には当初思われ、とても昼夜2回の上映は考えられなかった。しかし人と会って話をすればするほどこの映画の奥深さと広がりを体感させられて、恐ろしいパワーを持った映画だということが判明。行く先々で「あ、その村知っているよ」「その村長の話聞いたことがあります」中には「その村に行ったことがあります」という人とも出会ってしまう始末! 私だけでなく他のチケット販売員も同じ体験をしているというのだから恐ろしい。だからこその満員御礼だ。
これからのチケット販売は全て夜の部対象となったわけだが、このままいくと夜の部もすぐに満員御礼になってしまうのではないだろうか。自主上映で昼夜2回というのも珍しいのだろうが、2回とも満員御礼となればコミニュテイセンターとしてもきっと初めてで、快挙なことではないだろうか。
上映まであと2週間。果たして夜の部は満員御礼になるか? 日曜の午後にヒマが出来たのでセールスに行くか。ぶふひ♪皆さん、私が行ったらチケット買ってね(*^^)v

いのちの作法

いのちの作法」という映画を北杜市で自主上映するのが今年の夢だ、と仲間から聞いたのが今年の1月15日。あれから早くも5ヶ月がたとうとしているが、なんとその夢は間もなく実現しようとしている。やっぱり「夢」は口にするもんだ。
昭和30年代という時代に、老人医療費無料化と乳幼児死亡率ゼロを達成した岩手県(旧)沢内村と、豪雪、貧困、多病多死を乗り越えてその実現に奔走した深沢村長の物語。映画を企画したのは現代の若者二人。沢内村と深沢村長のことが書かれた本を読んで感銘し、現地に飛び込み綿密な取材と半年に及ぶロケを敢行。岩手の美しい風土と文化を織り交ぜたドキュメントに仕上げました。題材は昭和30年代ですが、写し出されるのは深沢村長の理念を受け継ぐ現代の若い世代など今の人々と、今の生活風景です。「生命尊重の理念」を町是に掲げる、日本では稀有の品格と哲学を持った町はいかにしてつくられ受け継がれていったか・・・。こんな村のあり方が我が北杜市にも生かされたら、と願って我が市での自主上映に踏み切った「市井のヒト」の熱き思いに動かされて、私も一切符売りのオジサンとして働いております。

上映は7月5日(日) 場所はJR長坂駅前のコミニュティセンター 
なんとその映画を作った監督も来てトークをしてくださる。
全編のBGMとして流れるウクレレの奏者もきて演奏をしてくれる。

しかし前途にはまだまだ壁が。要するに切符がなかなかはけないのであります(~_~;) テーマが重いから映画も重いと思われるのか、こちらの伝え方がヘタなのか・・・。知人友人になかば脅迫するように売りつけるのはどちらにしても限界があり、知人友人以外の方がどのくらい来てくださるかが勝負。それにはどのような手段が? 自分のブログやHPであれこれ奮戦記を書いて露出を多くするのも方法かと思い、書いておりますが、これをお読みの皆々様、近くの方は是非お出かけください。連絡下さればチケットは用意しておきます。遠くの方も是非お出かけください(って無茶苦茶やなぁ)。

チケット販売の為にあちこちに出かけ色々な人と出会って分かったことは、この村とこの村長が昭和30年代に老人医療費無料を実現化したという事実は案外多くの方が知っていて、それらの方はそのことに感銘を受けている、という事実でした。ちっとも知らないで切符を売り歩いている私の方が恥ずかしくなるくらいです。
いくつかのエピソードがあるのですが、それはまた明日のココロだ。

ぴあ満足度堂々一位

映画「いのちの作法」が
ぴあ映画満足度ランキング堂々の第一になりました。
他にも 日本映画ペンクラブ会員選出ベスト5 文化映画部門第三位
第82回キネマ旬報文化映画ベストテン 第四位に
選ばれています。
やっぱり「映画」という手法はいいですね、「視聴率」ではなく「満足度」できちんと選出されます。

いのちの作法

風路さんから素晴らしい「今年の夢」を伺った。いや「目標」と言った方がいいのかもしれない。それは映画「いのちの作法」の自主上映だというのです。この映画は「有志の手作り」なので配給会社や興行会社を通さず(せない?)、ミニシアターなどでの上映によるクチコミを唯一の宣伝方法とします。あ、HPでも運動を展開してますが。
観たヒトが感激し「よし、オラが町でも上映すべえ、オラが町ン衆にも観てもらうべ!(なぜか東北弁^^;)」と立ち上がってくれるのを待つ、というスタイルです。最近このスタイルで上映される映画が大変多く、わが北杜市長坂町でも近年立て続けにありましたが、概ね盛況だったように伝え聞いています。主催者側の思いや熱意が上手に伝わったのですね・・。
東京の小さな映画館でこの映画を観た風路さんが「よし、オラが町でもっ!」と見事にはまり、立ち上がったという経緯です。既に全国でかなりの上映がなされているようで、風路さんの話では「残念ながら山梨県ではまだ・・・」ということだったのですが、さっきHPを見たら1/14付けで「須玉ふれあい会館」で上映決定という情報がUPされていたではありませんか♪ うれしいですね~、同じ思いのヒトがいたんだ・・・。
風路さんは6月に長坂町のコミュニティで上映すること夢見ていますが、実はまだこの「プロジェクト」は動いておりません。昨日私がこの話を聞いたのが、風路さんの最初の「他の人に話を持ちかけるアクション」だったということなので、これから実行委員会を組織し、協力者を募り、作戦をたてていく段取りです。もしかしたら私がこんなところでブログに書いてしまうのは時期尚早かもしれず、よけいなプレッシャーになってしまうのかもしれませんが、わたしも話を聞いた以上はお手伝いする気になっているので、多少の勇み足はお許しを願って、書いているという次第です。
この映画は日頃の風路さんの言動や関心事を思い起こすと、本当に風路さんが自主上映に動くのはふさわしい、と思える内容です。風路さんが動いたから私も「よし、お手伝いッ!」と思ったのです。多分これが私自身だったり、私の頭に思い浮かぶダレソレさんだったら、きっと映画の内容と人物の印象がチグハグで、あまり他人に共感を呼ばず、成功はおぼつかないことでしょう・・・。
映画の詳しい内容はきっと風路さんのブログで紹介されますでしょうからあえてここには書きません。私自身は映画の内容もさることながら、風路さんが立ち上がった、ということに感激しております。このブログに「いのちの作法」というカテゴリを新たに設定しました。折に触れこの話のその後を追記していこうと思っています。
風路さん、新年早々いい夢をありがとうございます。夢を実現していく過程はきっと楽しいことだらけですよ♪。一人でも多くの方にこの映画を観てもらえるよう広報宣伝班長として協力させていただきます。