遠い飲み屋

カテゴリー: 八ヶ岳ライフ

ここ数日の間に一気に紅葉がすすんだ八ヶ岳。
編笠山登山を予定していた昨日(10/28)はタイミングよく台風一過、すっかり洗われて青く澄んだ空気の中に、紅葉がくっきりと浮かび上がる最高の日となった。
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紅葉の間から富士山も見えて歓声があがった。
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紅葉のトンネルが続く樹林地帯。もうこれだけでも満足だ。
「女心と秋の空」とは一体誰が言ったのだろうか。今日は一日中高く青い「秋の空」が続いた。
陽射しは穏やかで風も吹かず、一片の雲も現われなかった。
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もしここから飛びだせば本州中部に位置する日本の名だたる名峰の全ての上を飛翔することができる。飛び出さなくともそのような浮遊感、高度感をたっぷり味わうことのできる山が編笠である。
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座っていないと飛んで行ってしまいそうなので、落ち着いて座ってランチタイムとする。
紅葉と白い山を同時に見られるなんて幸せだ。
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冠雪の赤岳、阿弥陀岳の迫力ある勇姿を眼の前に見ながら食べるオニギリはスコブル旨い。
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八ヶ岳ブルーと呼ばれる青い空にダケカンバの白い幹と黄葉が映えていた。
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帰路もずっと黄葉の道が続いて、最後まで満足の編笠山だった。
今日のメンバーに「山は初めて」という小学生もいたが、多分彼は「また山に行きたい病」にかかってしまったと思われる。こんな日が初登山だったなんて、きっと彼の人生を少し変えてしまったに違いない。かつて小学3年生の時に同じような体験をした男の子は今、大人になって八ヶ岳で山小屋の様なペンションのオーナーとなっている。
お、そうだ、オマケの写真をつけなくちゃ、これはお馴染み編笠山の青年小屋
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提灯の「遠い飲み屋」がなんともいえぬ味を出している。
その男の子の本当の夢はこういうような宿の経営だったのだ・・・。
編笠山の秋。
いろいろなことをしみじみと堪能した一日に感謝。

道路拡幅は必要か?

カテゴリー: 世の中の出来事

新聞記事をお読みでしょうか。
山日新聞朝日新聞
「観光振興をめざし山梨県内3地域で道路整備」とあります。
この事業の詳細PDFがありますのでご覧下さい。
八ヶ岳南麓地域のマップを見ると、どうやら拡幅対象道路が「泉ライン」と「八ヶ岳公園ライン」だと分かります。驚きです。地元に住んでいる誰もがその2本の道路の交通量を知っています。2本とも「ほとんど交通量のない道路」です。百歩譲っても「決して渋滞などおきない道路」と書いて間違いありません。地元の方なら当然そんなことは百も承知です。つまり「拡幅」など全く必要のない立派な2車線道路なのです。
その道路を何故拡幅するかといえば「美術館や博物館の連携を深め、回遊機能を強化して5年間で10万人の集客増を狙う」のだそうです。
アホかっ!!
道路を良くすれば美術館に客がくるのか??しかも10万人!!
子供だましの理由をつけてまで、一体誰がそんな金を使いたがるのだろうか? 交通量の極端に少ない道路の拡幅工事の必要がどこにあるのだろうか? そんな余裕が国にも県にもあるのだろうか?
そもそも「観光振興を目指し道路整備」という発想からして時代錯誤、認識不足もはなはだしい。一体この八ヶ岳南麓というエリアに「何故お客様が来てくださるのか」「何を求めてきてくださるのか」「我々は何を提供しなければならないか」という少なくとも10年も前からの議論に、県の連中は無関心だったのか? 他に類を見ない八ヶ岳のなだらかに続く稜線の眺めとその上下に広がる天と地が私達の宝であることはここで生きる観光業者なら皆知っている。その稜線を寸断して引き裂く道路や建造物は一切無用だと、皆思っている。それに道路ならもう既に十分すぎるほど整備されている。これ以上森を切り開き、田畑を潰し、大地を傷つけ、コンクリートの塊を自然の中にさらし八ヶ岳独特の風景を破壊してまで車の流入を増やす利点とは一体何か? 誰が喜ぶのだろうか?疑問だらけである。
車の恩恵にも浴している私たちは頭から車社会を否定しているのではない。なんとか車との共存共栄が可能な方法はないかと模索している私達の頭の上でまるで「車優先は当然」「道路建設は皆の悲願」「これで観光業者も喜ぶだろう」としか考えていないような役人達の発想に呆れ果てるのです。特にここ北杜市には「癒し」をテーマに「長期滞在型リゾート空間の創造」や「リトリートの杜宣言」等をして盛上げようという動きがある。まぁ、それらの動きもなんだか今のところ曖昧だが、少なくとも行政がからんで「地域の自然や文化を大切にした癒しの杜つくり」を展開しようとしている。それらの動きとどのように整合性が取れるのか、関係者には説明責任もあるだろう。ともあれ、不要不急の道路の拡幅工事など全く反対である。税金の無駄遣いをするな。

名月と火球

カテゴリー: 未分類

「月光を銀盆に受けて凝固させると銀が出来る」 中世の連金術師達は魔女の儀式のような仕事に熱中していたらしい。今晩は「そんなこともあるのかもしれない」と思わせる出来事に遭遇した。
10月23日は13夜の月を愛でる栗名月。私達は月夜にカヤックを浮べて遊ぶ「ムーンライトカヤック」としゃれこんでいた。
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まるで舟遊びを楽しむ平安の貴族のような心持。ススキもちゃんと持ち込みました。
先月は中秋の名月で別名「芋名月」。今晩の「栗名月」と合わせて両方愛でるのが正式の月見らしい。どちらか一方しか愛でないのを「片見月」と言うのだそうだ。
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そんなことはともかく、どうですこの写真の明るさ!本当に月の光だけで撮ったのですよ。
写真家ふじけん面目躍如、オミゴトです。
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13夜の月は煌々と冴え渡り、湖上には青い影も映って、月の光に負けじと星達もざわめきはじめた。その時だった。
西の空の地平低く、光輝く物体が視界を横切って一線、光度を増しながら横切った
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(写真はイメージです)
私達は一斉に「お〜っ」と歓声をあげた。しかしその光は低空飛行をさらに続けてなかなか視界から消えない。私達はさらに「お〜っ」と歓声をあげ、頭の中が忙しく動き始めた。
「飛行機の落下か」「UFOか」「流星か」「隕石か」
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(写真はイメージです)
3度目の「お〜っ」を繰り返した直後その光の塊は3つに分裂してスーッとそのまま闇に消えていった。小さな花火が爆発したようだった。固唾を呑んでその光景を眺めていた湖上は一斉に騒がしくなった。「うわ〜、あれなんだったんだろう」「随分長かったね」「飛行機から補助エンジンでも落下したのじゃないか」「爆発音が聞こえたような気がした」「あれをUFOだと騒ぎ立てる人も多いのだろうな」「流れ星、生まれて初めてみましたっ」「拾いに行けば隕石が落ちているかもしれない」
冷静に考えてみれば先日極大日を迎えたばかりの「オリオン座流星群」の火球だと思われた。オリオン座流星群の特徴は暗い流星が多い中、突然明るくゆっくりと流れる火球クラスのものも出現する、ということだった。私達が見たものはまさにそれに適合していた。
最後に3つに分裂したのも驚いたが、私は銀盆に貯めた月光の中にそのひとかけらを放り込めば、もしかしたら銀が出来たのではないかと思ったのだった。
月の光のなかで見る火球の飛行は、見果てぬ夢の中の世界のようで、とても現実とは思われなかった。

秋たけなわ10.23

カテゴリー: ウオーキング

食欲の秋、スポーツの秋ですね。紅葉がやや遅れているものの、好天が続いて八ヶ岳は秋たけなわ。各地で秋の祭りやイベントも多く行なわれています。八ヶ岳歩こう会でも秋にふさわしい例会を設けました。ノルディックウオーキングをやって、サプリ弁当を食べ、ラジウム温泉浴を楽しんで健康になろうという欲張りプログラムです。
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情緒たっぷりの田舎道をノルディックで闊歩する。気持ちよいことこの上なし。
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こんな渓流沿いの道も歩きます。ここはどこ?
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増富の湯の周辺です。何度あるいてもいいところです。
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歩き終わったら、植松医院長からノルディックウオークの効用と健康について
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小山支配人から温泉浴の方法と効能についてそれぞれお話を伺います。
そしておまちかね・・・
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ウワサの「サプリ弁当」
小山さんがサプリメントをもじって地産の旬素材を使った弁当を造っちゃいました。
美味しくてボリュームたっぷり。
この後、こころゆくまで増富の湯を楽しんで、帰路につきました。
全てに満足の一日。紅葉の盛りの頃、もう一度来よう。
では最後に記念写真。
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なを、ノルディックウオーキングをやってみたい方は植松さんにご相談下さい。八ヶ岳歩こう会でも日時のご希望日が合えばガイドいたします。慣れれば颯爽と歩けて心地良いです。エネルギー消費量が通常のウオーキングより20%アップするのに脚には負担がかからないという不思議な歩き方です。簡単ですから万人に(お年寄り、足腰の悪い方などにも)お薦めです。
※写真はズームさんからいただきました。

立岩湖10月21日

カテゴリー: カヤック

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急遽来てしまった立岩湖。今日もカヤック初体験の方々と遊ぶ。
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好天が続く毎日。
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こういう日に初体験とは幸運な♪。自然に笑みが。
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まったり浮かんで
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のんびり過ごす
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ランチは定番シナノユキマス。これがまた旨いんだなあ♪
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寝ちゃいそうな癒され感。
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もうやめられません〜〜、という訳で
f分の1の揺らぎに癒されて大満足の一日となりました。
森林浴、日光浴、マイナスイオン浴をしながら癒されてく感覚は、クチでは説明できません。
体験するっきゃありませんゾ。
追)肉田さ〜〜ん、写真撮影ご協力ありがとうございましたっ!
パドル持たないで乗り込んですみませんでした

王滝村にて

カテゴリー: カヤック

長野県王滝村は1984年9月14日午前8時48分、震度6の地震に襲われた。王滝村を震源地とした直下型の地震によって、被害は王滝村に集中。折から降り続いていた雨が大規模な崖崩れを誘発し被害は拡大した。信仰の山「御嶽山」も「御嶽崩れ」と呼ばれる山体崩壊を起こし、約3450万立方Mの土砂が麓の温泉旅館を呑み込んだ。王滝川では堆積した土砂によって、天然のダム湖ができた。
地震から20年以上経った現在なを行方不明のままの犠牲者がおり、御嶽山では今でも崩壊跡がなまなましく確認することができる状況である。

長野県最深部と言っていい王滝村は困窮の中復興に立ち上がったが、観光資源の一つとして目をつけたのが災害によって皮肉にも風光明媚となってしまった「ダム湖」とその周辺だった。誰言うとなく「自然湖」と呼ばれるようになっていた湖を、復興の為の観光資源にしようと村役場が駆け回った。遺族たちには、まだ水底に埋もれているかもしれない親兄弟の眠る湖に、レジャー感覚で観光客が遊びにくることの抵抗感、割り切れなさがあった。当然のことである。そこを粘り強い職員達の説得で「村の復興のためなら」と考え方を変えてもらい村営のシーカヤック場を造るまでにこぎつけた。職員の粘りも遺族の方々の思いも、相当に強いものがあったろうということは想像に難くない。今日この風光明媚な湖でカヤック遊びに興じることができる我々は、その両方の関係者の方々のご苦労に感謝しなければいけない。
現在そこでは「おんたけアドベンチャー」という民間がカヤックツアーをメインとした経営を行なっている。王滝村は、今では「アドベンチャーレース」と銘打って、マウンテンバイク、トレイルラン、リバーカヤック、カヤックを組み合わせた大会も開催されるようにまでなり、その大会もすでに8回目を迎えて、大変元気な村になっている(ようです)。さらに、おんたけアドベンチャーのHPがきっかけとなって今年「西遊記」の映画のロケが大々的に行なわれ、自然湖を中心とした王滝村に人々が大勢集まるようになってくださったということだ。

そんな物語のある「自然湖」で、八ヶ岳の10名が遊ぶ。
犠牲者の方々のご冥福を祈り、王滝村の観光発展も祈りながら、複雑な気持ちで、一日楽しませてもらったのだった。帰りに立寄った王滝村の風呂もよかった。八ヶ岳から車で2時間。ちょっと遠い湖だったが、その神秘的な美しさと湖面に浮かんでいるだけで癒される不思議な空間は、2時間かけても行くべき価値のある場所だった。
八ヶ岳シーカヤック倶楽部としては今年2度目の王滝村だったが、四季折々何度でも行きたくなる場所であり、人に薦めても誇れる場所であるとあらためて確認したのだった。
もしこれを読んだカヤックファンがいらっしゃったら、一度は行くべきカヤッキングスポットとして、強くお薦めする。ただ、そこにすでに「おんたけアドベンチャー」という組織が根を張ってツアーを行なっているので、よくHPを確認し、先方と相談しながら計画を練ることはマナーとして覚えておきたい。
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10月20日(土)遊んできました

うれしい発見

カテゴリー: 歴史

今日の新聞は各紙とも下記のニュースで湧いている。
「5000年前に大豆栽培」山梨県北杜市の「酒呑場遺跡」から出土した5000年前の土器に栽培種の大豆の痕跡が発見されたというものだ。これには驚いた。関心がなければ「ふ〜ん」というニュースかもしれないが、「酒呑場遺跡」のことを少しでも知っている人達にとっては世紀の大発見と捉えられているだろう。私もその一人だ。次には「胡麻」の栽培痕も発見されるだろう、とつい勇み足で予言してしまう。そのくらい浮き足立つニュースだった。
我家から車で15分ほどの所にあるこの遺跡は、山梨県内では最大となる縄文遺跡であり、シュリーマン的な物語が秘められた遺跡でも有ることで知られている。シュリーマンとはご存知のように、ギリシア神話を信じてトロイの遺跡を発掘した人物である。
「酒呑場」という名前は昔からそう言い伝えられていた北杜市長坂町のある場所のことで、つい最近までは「田畑の仕事をするたびに瓦けなどがでてきたものだ」と地元の人は言う。
そこにはこんな昔話が伝えられてきた。
「昔、白い牛に乗った神様が、長坂上条の入沢あたりから穂見山(現在の農業試験所のあたり)に、稲の育ち具合を見回りにやってきた。そのあたりの稲作があまりにもすばらしかったので、神様は村人を招いて酒を酌み交わし舞を舞い、ひと時を楽しく過ごした」というものだ。
発掘調査が行なわれた当時、なんと土器が出てくる出てくる、しかもそのほとんどが祭祀などに使われる「酒器」ばかりだった。「酒呑場」という言い伝えの残る地域から本当に「酒器」ばかりが出土してしまったので、これには調査隊も驚いたという。
昔話は続く。
「陽が西に傾いたので、神様は再び牛にまたがってでかけた。牛が西新井の豆畑に入っていくと豆のつるが牛の角や足にまとわりついて動けなくなってしまった」
今回の「豆の発見」を予言したかの如く、昔話の中では「豆」を栽培していた。イヤその前に「稲作」も行なわれていたことが語られている。私は今日の新聞で「栽培種の豆が発見された」と報じられたことに驚きと喜びを感じたのだった。これはもう完全に伝えられてきた「昔話」の通りのことが発掘されているではないか。
昔話はさらに続く
「動けなくなっている牛の周囲で、丁度豆のさやがパチパチと音をたててはじけて飛び散った。牛は驚き狂い、つるをひきはなしてまっしぐらに走り出した。乗っていた神様は近くの胡麻畑に放り出され、胡麻の切り株で足に怪我をし、その上目まで突いてしまったので目が見えなくなってしまい、どこへも行くことが出来ず、この地にとどまることになった」
私が「次は胡麻の栽培痕が発見されるだろう」と予言したのはこのくだりに拠っている。まさに「ゴマ粒」のように小さいものなので発見は困難かもしれないが調査チームには是非がんばって欲しいものだ。
この縄文中期の遺跡は1944年に調査が開始され、いまだに継続中という県内最大級の遺跡である。6000〜4000年前まで約2000年もの間、長坂の地で繰り広げられた宴。その太古の歴史はいまだ多くの謎と宝を秘め、眠っている。
なを
牛に振り落とされてこの地にとどまった神様を村人たちは氏神様として祀った。それが現在の穂見神社である。「穂見」という名前も昔話に由来している。また、このあたりでは現在でも「胡麻」の代蒔きはしないということだ。どこまでも奥深い昔話である。
前世は縄文時代に生きていたと何故か信じている私にとって、縄文時代が脚光を浴び、「考えられていたよりはるかに進んだ文化を持っていた」と知られることは嬉しいことだ。
現在の私の「酒好き」は、もしかしたらあの時神様に招かれた村人の一人だったのかもしれない、なんて想像してはニヤニヤしている。
ともあれ、このニュースの続編が待ち遠しい。
・参考資料「長坂町教育委員会刊 長坂のむかし話し」「長坂郷土資料館HP]

道を探す

カテゴリー: ウオーキング

歩く会をやっている楽しみの一つに「新しいコースを開拓すること」があげられる。
八ヶ岳南麓は豊かな自然のおかげで同じ道を何度歩いても四季折々の発見がある。「棒道」や「オオムラサキ遊歩道」等、本当にいつ何度歩いても感激するコースは無限だ。が、そうは言ってもやっぱりなるべく色々な道やコースを歩きたい、という会員の声も又本音だ。そこでそういう声にこたえて、各リーダーたちはあれこれ工夫して道を探しコースを開拓している。
これが大変なのだが、楽しさもなかなかのものがあり止められない。皆様にもお薦めしたい。「歩くコース造り」は老後の楽しみの一つになるに違いない(!?)
自分が発見した道や是非見せたい景観などを結んで一つのコースを完成させていく喜び。これはコース設計を担当したリーダーでないと分からない喜びだ。
という前フリで、今日は新コース開拓のために探検してきた道をちょっとご紹介しましょう。
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旧秩父往還からの眺め。むこうに大門ダムが見える。足元の鬱蒼とした森の中に川俣川と大門川が合流して須玉川となる「落合」がある。その「落合」に幻の滝があるというのだ。地元の人の案内で「探検隊」を組織し、ワクワクと出かけた。
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こんなガケをよじ登り、よじ降りて、
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こんな壁をトラバースしてズンズン進む。
さて、幻の滝は? もったいないのでUPしませ〜ん
というより、地形の関係でその全貌は見ることが困難なのでした。ナニモノかが棲んでいそうなダークグリーンの滝壺は真上から見下ろせて迫力満点でした。
案内してくれた地元の方は「子供の頃滝壺に飛び込んで遊んだものだ」とおっしゃっていた・・・。つまり子供でも簡単に来ることができる道がついていたということだ。残念ながら今はその道も不明。写真の様な道なき道を辿らざるをえない状況となっていた。「いつか整備して道を造りたい」ともおっしゃっていたので、「一緒にやりましょう」と伝えた。「旧秩父往還」の失われた一部を復活させる仕事なので、本格的に手をつけるとすればやりがいの有る仕事だ。
という訳で、現在の状況では、残念ながらコースはあまりに危険すぎた。「探検隊遊び」ならイザ知らず、「ウオークの会としてマジメに歩ける道」にはなりそうも無いので幻の滝を皆に見せるというプランは没となった。こういうことはしょっちゅうだ。
しかし骨折り損という訳ではない。旧秩父往還への思いがけない入り口は教えてもらったし、唄坂(うとうざか)は教えてもらったし、「おしおき場」というちょっとミステリアスな場所も教えてもらった。こんど何かのときにコースに組み入れることができる。そのような「歩かなければ分からない事柄」を教えてもらったり「歩かなければ見えない風景」を発見したりすることなどが、コース造りの醍醐味なのです。
さて
幻の滝は裏から「使われていない車道」を使って割りと簡単に行けることも分かった。
今度「滝ファン」が来たら連れて行ってあげよう。

読書の秋その2

カテゴリー:

「歴史街道」11月号購入¥600也 コレは安い。
真田幸村と後藤又兵衛が特集で
「大阪の陣」に男達は何を賭けたのか、とサブタイトル。
いや〜実に私好みだなあ♪
「徳川を倒す秘策あり」六文銭の旗を翻しいざ大阪城へ、なんていう目次が踊っている。
歴史は知っているが、なんとなく真田幸村が徳川に勝ってしまいそうな目次ばかりでついドキドキしてしまった。
少年時代の読み物「真田十勇士」なんてのも思い出して、猿飛佐助やら霧隠才蔵などの活躍もこの雑誌に出ていないかとページを繰ったが、なかった。当たり前か。
しかし、実家の藤沢の裏の家は「海野」さんという苗字で、海野六郎の子孫だと言っていた。遊びに行くと応接間に日本刀が鹿の角にかかっていて驚いた。穴山小助のお爺さん(だったと思うが・・)は武田21将の一人穴山梅雪だし、真田家にも忍者集団がいたことは事実だし、あれこれ考えると、すべて荒唐無稽だとはいいきれないのではないか。立川文庫での活躍こそ破天荒だが、十勇士のような家臣団がいたのではないかと想像することは可能だろう。そのほうが第一楽しい。
もう遅い時間だが、今晩はこれからジックリこの雑誌を読んでから寝ることにします。
明日9:00に高根で約束があるが若干心配

時代遅れネタ

カテゴリー: どうでもいいこと

■コブクロというデュオのことを最近やっと知った。その曲も幾つか知った(かみさんの車にコブクロのCDが入れっぱなしになっているから)。で、今日テレビから聞いたような歌声が流れてきたので「これってコブクロ?」と聞いたら「お、よく分かるじゃん、オトーサン」と娘に褒められた。
どうして分かるかというと、コブクロの歌声も曲相もどことなく「チャゲアス」に似ていて、時としてサザンのメロディーにも似ていて、オトーサンとしては大変懐かしく、親しみやすいからなのですネ。ましかし「チャゲアス」と言っても娘らは知らないから「ウハハ、まあね」とだけ言っておいた。
■先日サングラスをしていたら娘達が「なんだかヘン」という。サングラスをしている私がヘンなのではなく「サングラスそのものが」ヘンだという。「なんだかレトロ」「随分昔って感じがする」と口々にケナス。「そうかね、気に入ってるんだけどな」と言うと「あ、でもちょっとハイカラ」「そうね、よく見るとモダン」などと言ってますますケナシまくる。あのね、これってレイバンよ、レイバン!と言おうと思ったがレイバンと言って娘達に通じるわけが無いからやめた。嗚呼、天下のレイバンも今は昔。娘らから見れば「古くてダサイ」メガネなのだった。
■メガネの修理を頼んでおいたのが出来たので取りに行ったついでにサングラスのコーナーを眺めていたら店員が「サングラスですか」と声をかけてきた。「このレイバンなんかどうかな」と反応を確かめてみたら「定番ですからね」というソツのない答がかえってきた。が、「根強い人気があります」というのが気になった。「根強い」というのはどういう状況なのだろうか。「メーカーもまだ作ってますし」なんてことを言うではないか、え?「まだ作っている」?どういうこと?
やっぱりレイバンは今や「ハイカラでモダンで時代遅れな一品」の扱いのようだった・・・。

親を継ぐのではなく。

カテゴリー: 職業いろいろ

先日ある木工房を久しぶりに訪問したら展示物がまるで変わっていて驚いた。良く見ると私が知っている懐かしい展示物もあった。が、それらを圧倒して大きくておかしくてヘンで奇妙な物体が室内せましと展示されていて、実に新鮮だった。ご主人の作風が変わったにしてはちょっと違うので「どうしたんですか?」と尋ねたら嬉しそうに「息子が始めてね」と喋り始めた。
久しぶりに訪問して戸惑っている私に、ご主人は仕事の手をやすめて、息子さんの作品を一つ一つ解説しながら案内してくれた。
息子さんは小さい頃から「絶対お父さんの仕事はしない」と言って育ち、親もそのつもりで育て、全く畑違いの大学に行かせた。が、ある日突然大学をやめて帰ってきた。何を思ったかそれから一人黙々と木工製作をはじめ、あれよというまにフシギなオブジェを創り上げた。彼の作品の特徴は「動く作品」だそうでなるほど、いくつもある作品のすべてが奇妙な動きをする。その独創的で突飛なアイデアは20歳の若者の頭だからこそ出てくるのか、彼に備わった天性なのか。
オヤジから何も教わらず、大学も美術や造形とはまるで無関係なところに進み、しかしいきなり帰ってきて作り始めた作品の中には、既に東京都のナントカ賞(聞き漏らした)を獲得したものもあり、将来が楽しみな芸術家にはやくもなりつつある、という人生・・・。
う〜むむ、フシギなこともあるものだ。才能はいきなり花が開くのか。ご主人も普通の家具などを作らない変った作風だったが、息子の変りようといったら、なかなか尋常ではない。作品は現代アートというのだろうか。一見の価値有る作品群だと私は思った。ので、ここに紹介いたします。小淵沢「小渕の森」にある「木彫工芸館」。ご主人は大原さんといい、息子さんは竜幸さんという。作品の好き嫌いは人によって様々だろうが、私は竜幸さんの人生ごと気に入ってしまった。HPを紹介するが、その大きさや奇妙さはHPでは伝わらない。是非じかに作品を見ることをお薦めします。
親子で同じ道を歩くことは傍から見ていて羨ましい。「木彫工芸家」という親の職業を継ぐことは出来ても親の才能を継ぐことは出来ない。だからこそ親は息子に同じ道を強制しなかったのだろうが、回り道して親と同じ道を歩き始めた息子に同じ作家としてなんとか手を貸そうとする親。話を聞きながら、とても温かいものを感じたのだった。
息子さんにとっては、自分で切り拓いた道がたまたま親と同じ道だったということなのだろう。だから素直に親のアドバイスも聞いているのに違いない。
昨今の親子関係、そして自分自身の親子関係など振り返るにつけ、いろいろ考えさせられた時間だった。

そろそろ冬か

カテゴリー: どうでもいいこと

本日「秋たけなわです」なんていう書き出しの「歩こう会会報」10月号がやっと完成した。ヤマトメール便で出してきた帰りに本屋に寄ったら「パソコンで年賀状」のような特集雑誌が何冊も目に飛び込んできた。やっと秋の号を発行してホッとしている私は、お〜っ世の中はもう年末モードなんだ、と驚いてしまった。歩こう会では紅葉を訪ねるウオークはこれからだし、新酒ワインの試飲が楽しみな「ワイナリーウオーク」は1ヶ月も先だというのに。それに今年は紅葉が遅くないか? まだまだこれから秋を楽しまなくちゃ、という時期なのですヨ。
が、本屋を見回すと来年のカレンダー、来年の手帳、日記帳などが早くも陳列してあって、なんだか急にせわしない気分にさせる。そういえば今日「今週末泊まりに行く者なんですが、寒いですか?オーバーを着ていこうと思うんですが」という天候問合せの電話があって、オーバーとはオーバーなと思ったが、確かにそろそろストーブを出しておかないとマズイかもしれない。先日清里の夜は7度だったというし、大泉でも既に2回ほどストーブをたいた、と聞いた。
気がつけばあちこちから貰ったリンゴや梨やブドウがそろそろ底をつく(いや〜今年はブドウが高かったので頂き物のブドウは助かりました)。やっぱり秋はそろそろ終わりなのネ・・・。
昨日はスノーシューの問合せのメールが入っていた。「正月のスノーシュースケジュールはどうなっていますか」というものだったが、そうだよな〜、冬の企画はもう立てておかないとまずいなあ・・・。
「クリスマスとれいん」も煮詰めなくちゃいけないしネ。んじゃソロソロ冬モード突入と行きますか。
先ずは熱燗と鍋だね。あ、これはもうやったか。
スノーシューの手入れをしておこう。
本沢温泉と赤岳鉱泉には行かなくちゃ。
コタツも点検。冬になる前の星空というのがちょっと弱いので今年はマジメに勉強しておきたい。
今年は天狗岳リベンジしたいゾッ。
雪上ランチのアイデアももう少し考えたいネ
いやしかし、いろいろ考えるとワクワクするなぁ。今年一番最初の風花はいつか、これが楽しみなのですね〜、風花の頃白樺はすっかり葉を落として風化した骨のようになる。晩秋のこの凄まじい光景も見所の一つなのですよ、是非皆さんに見せてあげたい。初冬、万物皆眠りにつく仕度を始めるのは、春を迎えるためであると知ってから、大変柔らかな季節だと感じるようになりました。八ヶ岳では冬が一番好きな季節だと答える人が多いのもむべなるかな。
さっきテレビCMで「煮物は冷めていく時味が染み込むのよ」と言っていた。なんとなく八ヶ岳の冬と同じだなあと思った。ここでは楽しみも冬が深まるほど濃くなっていきます。
まさか暖冬ってことはないだろうなあ、今年こそ寒くなって欲しいし、今年こそ雪よ、降れ。

読書の秋

カテゴリー:

最近の再読本
「剣岳 点の記」 新田次郎
 いいね、新田次郎は。点の記とは三角点を設置する測量官の報告日記のこと。日本の山の開山はたいがい修験者か測量官ということになっているらしい。未踏峰の山に三角点を設置する苦労は筆舌に尽くしがたいもののようだが、その山が剣岳ともなると又ひとしおだ。日本に誕生したばかりの「山岳会」と競争のように剣岳初登頂に挑む姿は手に汗握る。読むべし。
「山本勘助」 平山 優
 平山優はまだ40代のはずだが、武田家の歴史を書かせたら右に出るものはいない。新事実を発掘し、旧来の俗説を臆することなくスッパリと斬る理論の切れ味が見事。この本でも山本勘助についての俗説をスッパリと斬っていて痛快。お薦め。
さて、つい最近本屋に行った。そこで目にしたものは
「バカとは何か」 和田秀樹
これは面白い。立ち読みでパラパラと読んで思わず笑ってしまった個所が幾つかあり、即購入。
最近世の中に「バカ」が多く見られるようになったが、彼らのどこが「バカ」なのか、この本はやさしく教えてくれる。一口に「バカ」といっても奥が深い。「バカは治る立場から書いた」というのがまた良い。
私の好きな「全国アホ・バカ分布」に言及しているのも気に入った。また、これも私の好きな「新明解国語辞典」をひきあいに出して「バカ」を説明させているのもよろしい。新解さんによる「バカ」とは次のようなものである。「記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。また、そうとしか言いようの無い人。人をののしる時に最も普通に使うが、公の席で使うと刺激が強すぎることが有る。また、身近の存在に対して親しみを込めて使うことも有る、例--(女性語で、相手に甘える時の言い方)
ハハ、いいでしょ。女性に「バカ、バカ」なんていわれるとその女性がいとしくなってハンドバックの一つも買ってあげたくなるじゃありませんか、って、え? ならない? まあいいや。
まだ全部読んでいないのでお薦めかどうかは不明。
ところで月刊雑誌「ムー」は廃刊になったのでしょうか? 本屋さんに無かったけど・・・。八ヶ岳に来て以来「東スポ」が手に入らないので、たまに「ムー」を購入して「東スポ」的愉快感を味わうのがたまらなかったのですけどね。
「美しい国へ」 安部晋三
部屋を掃除していたら出てきた。1回読んだが「おっ、そうそう」と膝を打つところがない。それなりに安部節を披露しているが迫力と説得力がない。「なるほどね」と理解はするが「共感」まではいかない。ちょっとフシギな本だ。これは持っていれば将来珍本稀本として高価に売れるかもしれない。20年後神田の古本屋で5万くらいで取引されることを祈りつつ、子供らのために廃棄処分しないで「美しい」ままで保存しておくことにしよう。私は帯やカバーは捨てる派だが、この本だけは何故か帯を捨てずにとってあった。

三浦半島弾丸ツアー

カテゴリー: カヤック

三浦半島のほぼ先端まで3時間半の道のり。これを日帰りででかけてカヤック遊びを堪能してこようというのだから「弾丸ツアー」と銘打った。本当は1泊してゆったりと遊びたかったが、多忙な方々が集まるので仕方がありまセン。朝5:00に出発し24:00頃帰着の予定だ。そんな過酷な条件の中、8名もの八ヶ岳カヤッカーが名乗りをあげた。現地に集合するという2名を足して計10名もの参加者が集まったのは予想外だった。ナンダ結局皆ヒマなんじゃないの?なんていう邪推はさておいて、奇跡的な天候と凪の海に迎えられたご一行様は、充分にシーカヤック体験を堪能されたのでした。
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海は自由だ〜ってお笑いタレントのギャクじゃないですが、こんな風景の中に漕ぎ出せばもう全てを忘れます。海は広くて大きくて空も広くて大ききて、上にも下にも前にも後ろにも、右にも左にも遮るものがないのです。
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ど〜ですこの海の量感、質感。広さも深さもここではかえって安心感につながります。海が全ての生命の源であったことを教え、母なる包容力を感じさせてくれるからです。いや〜、哲学しちゃいますね〜思わず。
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上陸したのは「無人島」、ではなくて、スタート地点から少し回りこんだ半島の岸辺。
ここでもまったく「自由」です。
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こんなおいしいランチを楽しみ
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こんなヤツと戯れて遊ぶ時間・・・。
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海から見る景色のなんと美しいことか。
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我々は海洋民族だったのだな〜と何故か血も騒ぐ。
海に出ると発想も自由だぁ〜っ。
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おっと、場面はいきなり打ち上げの夕食会になってしまった
シーカヤック後の「海洋深層水風呂」もよかった、そして
うちあげの鮨屋もよかった♪
運転手さん、ゴメンナサイ
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私達はコンナニ飲んでしまいましたっ!
延髄発想法で遊んだ一日がこのようにして締めくくられたのでした。
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今日はなにしに三浦半島まで来たんだっけ?と首をかしげつつ支払いをすます。
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また来なくちゃ。
やっぱり海はいい。

美しい風景を求めて

カテゴリー: 風景街道

「八ヶ岳南麓風景街道」という会で国交省のプロジェクトに参加している。簡単に説明すると、国県市&市民が一体となって良い風景を作ろうというプロジェクトだ。
今日は私達と同じく「風景街道の会」を立ち上げている長野県飯山市に視察にでかけた。
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報告したいことは沢山あるが、明日も早いので1枚の写真をUPしておこう。
この1枚は飯山市の「風景をよくする取り組み」を如実に語っています。
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といってもハハハ、夕景の写真では何も見えないじゃありませんかこりゃ失礼しました。
しかしですね、この場所から実際に肉眼で見えたことを幾つか報告いたしますと、画面中央を流れる川は千曲川です。千曲川もここまでくるとすっかり大河の趣があります。水量も豊富で悠々と流れていますが、増水で被害にあったこともたびたびであったとか。そんな川であるにも関わらず、なんと護岸にコンクリートの姿が見えません。景観保護の立場から特殊な工事を行ない、護岸に草木を植えて自然護岸に見せているのです。しかも辺りには余計な看板、ガードレール、交通標識等、ほとんどありません。「菜の花公園」と呼ばれるこの丘からは見渡す限り人工物は平野部に並ぶ家並みのみ。私が知っている昭和30年代の日本、田舎の原風景、とでもいうべき姿がそこには残っていました、いや、「残っていた」のではなく、「キチンと再生」させていたのです。感激の風景です。
左の小高い山は斑尾山。そこから夕日が沈んでいる山なみを辿って画面のはるか右までおよそ80キロの尾根には「信越トレイル」が続いています。このトレイルも使われなくなった山、誰も手入れしなくなった山林を保護しようと始めたのがきっかけとか。この物語も語れば長い。
私達が立っているのは「菜の花の丘」といって唱歌の父「高野辰之」作詞「おぼろ月夜」の舞台となった場所だそうです。写真で見る範囲のすべてが春には菜の花で一杯になります。飯山市は「高野辰之」ゆかりの地でもあるので、郷土の偉人にちなんだ「菜の花まつり」というのもココで行なわれるそうです。
んでもって千曲川でカヤックツアーができる場所も発見しちゃったもんネ、ってアレ?視察報告に関係ない?イエイエあるのです。ま、それはオイオイ報告することにして。
飯山市の職員の方々や信越トレイルクラブの顧問等と意見交換会なども行ない大変有意義でした。お話を伺う限り「景観形成事業」というのは一朝一夕には出来ず、長い戦いの歴史を積み重ねつつ、一歩一歩あゆんで行かねばならないという現実もまた知ってしまったのでした。イッツァ ロ〜ング ウエ〜イ。しかし飯山市はそれを今見事にやりきろうとしている。多くの関係者に共通認識を持たせることに成功しつつある。我々も、地道に、粘り強く、できることから、やっていきましょうと密かに誓ったのでした。
お、そうだ、お昼を食べに偶然入った和食屋で「郷土を愛するご主人の郷土の料理」とでもいうべき「伝統の蕎麦」と、めぐり合ってしまったがこれも感激。旅はこういうことが楽しい。その報告はまた後日。いろいろ収穫の多い視察だった。

自販機と美観

カテゴリー: 世の中の出来事

山梨県商工会青年部連合会が「自販機を防犯灯代わりに設置」する運動を展開しようとしていることに対し、数日前からネット上では議論沸騰。たとえばこのブログでは多くの反対の声があげられている。私も大反対なのでブログに書き込んだ。議論のポイントは「あんしん安全の街づくり」に何故自販機設置なのかということ。暗い所を明るくしたければ素直に「防犯灯」を設置すればいいのではないか。省エネが叫ばれる今日、24時間缶を冷やしたり温めたりする自販機の灯かりを防犯に利用するという利点の根拠はどこにあるのか。
その他無数の反対すべきポイントはあるのだが、私はここでは「自販機は美観を損ねる」という観点から反対意見を書こうと思う。
「景観や美観」を主張すると必ず「美観は人によって違う。ナニを持って美しい景観というのだ」という意見がでる。これを論破するのはなかなか難しいので、今まで風景や美観は二の次としてほっておかれ、結果的に日本の景観はズタズタに壊されてしまった。日本における「美しい風景」はもっとも弱い立場の「守られるべき財産」になってしまっていた。電柱と電線で財産は引き裂かれ、ガードレールによって財産が乱され、無法看板によって財産が隠され、自分勝手な建築物によって地域全体の財産が壊されてきた。今またあらたに自販機の増設によって財産を汚そうという運動が展開されそうになったことに危機感を覚えて、多くのブロガーが書き込みを開始したのだと思う。
「誰もが美しい」と思う景観を決める一つの方法に「多数決」という考え方がある。大多数のヒトが「美しい」といえばそれは「美しい」のだと決めてもいい場合がある。風景の中に自販機がある場合「自販機があった方が美しい」と答えるヒトは少数派に違いない。アンケートをとって多数意見が確認されれば「自販機は風景を損ねている」と決めても構わないだろう。こんな簡単なことに学者の難しい理論を持ち出すまでもない。少数派の屁理屈に付き合うこともない。
実はアンケートをとるまでもなく、そのことに自販機を設置する側も気がつき始めている。自販機を少しでも風景の中に溶け込まそうとする試みが既にあちこちで展開されている。幾つか紹介しましょう。
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これは自販機全体を杉材で囲った例。木で囲うことは電力の消費量を抑えることが証明されているそうだ。同時に毒々しい自販機の色も隠されている。
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周囲の景観を乱す自販機の色を、ダークブラウンに統一して調和を図っている。ゴミ箱まで竹と布(?)で覆う工夫をしている。
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和風喫茶の自販機だという。店にマッチした方法でご主人が自ら工夫したもののようだ。
これらが実際に「成功」しているのか、こうすることで景観は維持されるのかという点についてはまた別の議論があるところだが、少なくとも「なんとかしよう」という配慮が感じられる。こういう姿勢があれば景観維持派と自販機設置側との妥協点も見つけ出されようというものです。
大事なことはお互いの意見を尊重して歩み寄るということですね。私も自販機は全て撤去せよなどという無謀な意見は言うつもりはありません。街を明るくする必要などないと言うつもりもありません。ただ今度の問題の場合は「何故防犯灯が自販機なのか?」という素朴な疑問に答えて欲しいと願うのです。納得できる答がない場合は、あくまでその運動には絶対反対です。
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