特別支援学級の話し。
今日はちょっとマジメ。長文です。
仲間と毎月1回発行しているメールマガジンに書いた記事を転載します。
【多賀屋の八ヶ岳与生】
~「余生」ではなく「与生」を加齢にあ、華麗に生きる話~
■今月は「八ヶ岳」とは関係のない話を書きます。
小中学校の「特別支援学級」の話です。
少し前までは「特殊学級」と呼ばれていました。「あすなろ学級」や
「養護学級」等、学校によって様々に呼ばれている場合がありますが、
「肢体不自由者」「身体虚弱者」「視覚障害者」「聴覚障碍者」「知的
障害者」「その他の障碍者」に教育の機会を開き、生活上の困難を克服
し自立を図る目的であることは同じです。
小中学校の間は義務教育なので、希望する親はいつでも子を入れること
が出来ますが、必ずしも全小中学校にその学級が置かれていませんので、
その場合は学区を超えて通学することも可能です。
1890年に長野で、1901年に群馬で、1905年に大阪で次々に特殊学級が
「実験的に」設置されるなど、その歴史は古いです。1926年、東京に「吃
音学級」が設置され最初の言語障害特殊学級となりました。
その後「身体虚弱特殊学級」「弱視特殊学級」「難聴特殊学級」「肢体不
自由児対象の養護学級」などが主に東京の学校で順次設置され、ようやく
1947年「学校教育法」制定により、特殊学級の位置づけが法的に明確とな
りました。(2006年「学校教育法」の改正により「特殊学級」が「特別支
援学級」と呼称が変りました)
ここまでは単なる「特殊学級から特別支援学級への変遷の歴史」です。
今日書きたかったのは学級を任される「教員」の資格の問題です。
変遷の歴史を一読すれば、一口に「そこに通う生徒」といっても「目の悪
い人」「耳の聞こえない人」「肢体が不自由な人」「吃音の人」「知的障
害の人」などなど様々だということが分かります。
その学級を担当する教員はかなりの専門家か、教育をうけてなんらかの免
状か資格を取得した方々でないと勤まらないはずと、私は思っていました。
しかし現状では「教員免許」を持っていれば誰でもが任されてしまうの
です。逆に、「教員免許」を持っていないと「特別支援学級」で教えるこ
とはできないことになっているのです。このことは「普通の教員が特別支
援学級に人事異動された場合、生徒に専門的指導ができない」という側面
と「専門的指導が可能な人物でも教員免許を持っていないと指導ができな
い」という側面の、両面からの弊害となって表れてきています。
「教育職員免許法」というものがあり、「特別支援学校教員は特別支援
学校の教員の免許状を有していなければならない」となってはいますが、
同法附則の16で「当分の間は特別支援学校の免許状がなくても特別支援学
校の教員となることが出来る」となっており、事実上の骨抜き法とされて
いることが大問題です。
専門の教員不足等の問題もあるのかと思われますが、それならば「教員
免許がなくても有資格と認定された専門家は特別支援学級の教員となるこ
とが出来る」と附則に付け足しては如何だろうかと思うのです。
例えばある症状の生徒には言語聴覚士の援助が必要だとします、しかし
現在のところ「何も特別知識のない一般教員」が対応にあたっています。
一方、言語聴覚士などの多くは教員免許をもっていません。従ってそれら
の知識や技術は特別支援学級では発揮できません(彼らは主に病院などで
働きます)。教員免許と他の専門資格の両方を取得することは、時間的に
も金銭的にも相当な負担を伴います。両方の資格を持つことは現実的では
ありません。現状では多くの特殊な事情を抱えた子供たちが、なんらの専
門知識を持たない普通の大人に預けられている、といった状況にあると最
近知った私は驚きました。それでいいのだろうか?
また、教員たちにとって、特別支援学級に人事異動されるということは
多くの場合想定外で、現実には「左遷」と捉えられているケースも少なく
ないようです。そんなケースでは教員自身がやる気をなくし、生徒たちを
「適当に」見る、といった状況が発生する危険も孕みます。
一方で「特別支援学級」こそ働き甲斐のある場所だと、意欲に燃えた教員
も多くいるはずです。そんな教員には有効な資格や免状を取るための勉強
期間として1年~2年程度の有休制度を設けたらどうかと思うのです。
先ほど「附則に付け足しては」と書きましたが、実際にはそんな姑息な
手段ではなく、特別支援学級の教員資格については抜本的な改正をしてい
ただきたいと私は願うのです。
そうでなければそこに預けた親もそこに通う生徒も「困難を克服し自立を
図る」ことなど思いもよりません。
こんなことを急に書いたのも、今春、娘が言語聴覚士と教員免許を持っ
て、ある学校の特殊学級で仕事をすることになり、そこでの様々な矛盾と
問題点をなんども聞かされ、現実を知ってしまったからなのです。
幸い私には「子供の教育の実践家」で「子供の教育」を自らの主張のメイ
ンテーマとして論陣を張り、今年の参議院選挙で国会議員に当選した友人
がいます。その国会議員に話をぶつけに行こうと考えていますが、その前
にまずここで読者の皆さんがどのように思われたか知りたく、このMMの
趣旨とはまるで違うことを承知で書いてみたのです。申し訳ありません。
何か思うところがあればメールをくだされば有難いです。
(文責 S・多賀)
※多賀さんの記事に、長年障害児教育に携わっていたスタッフの1人から
感想が寄せられました。以下に編集長の一存で掲載させていただきます。
多賀さんへ
感想はここに書ききれないくらいあります!
私が教員採用試験に受かって、東京で面接を受けたときのこと。
普通学級・障害児学級・養護学級の3つから希望を聞かれました。
もちろん普通学級の免許しか持っていません。
そのときの面接官のことばを良く覚えています。
「障害児学級で3年我慢したら普通学級の教員にしてあげます」
教育に携わる人の感覚がこれか~!と衝撃でした。
「どこでもいいです」というと障害児学級に配属されました。
その後25年学校は変わりましたがずっと障害児学級。
子どもたちとけっこう、うまがあって(?)楽しかったのですが、
教育行政や学校という組織や体制にはずっと疑問がありました。
お嬢さんの気持ち、よくわかります。(わかるような気がします)
仲間と毎月1回発行しているメールマガジンに書いた記事を転載します。
【多賀屋の八ヶ岳与生】
~「余生」ではなく「与生」を加齢にあ、華麗に生きる話~
■今月は「八ヶ岳」とは関係のない話を書きます。
小中学校の「特別支援学級」の話です。
少し前までは「特殊学級」と呼ばれていました。「あすなろ学級」や
「養護学級」等、学校によって様々に呼ばれている場合がありますが、
「肢体不自由者」「身体虚弱者」「視覚障害者」「聴覚障碍者」「知的
障害者」「その他の障碍者」に教育の機会を開き、生活上の困難を克服
し自立を図る目的であることは同じです。
小中学校の間は義務教育なので、希望する親はいつでも子を入れること
が出来ますが、必ずしも全小中学校にその学級が置かれていませんので、
その場合は学区を超えて通学することも可能です。
1890年に長野で、1901年に群馬で、1905年に大阪で次々に特殊学級が
「実験的に」設置されるなど、その歴史は古いです。1926年、東京に「吃
音学級」が設置され最初の言語障害特殊学級となりました。
その後「身体虚弱特殊学級」「弱視特殊学級」「難聴特殊学級」「肢体不
自由児対象の養護学級」などが主に東京の学校で順次設置され、ようやく
1947年「学校教育法」制定により、特殊学級の位置づけが法的に明確とな
りました。(2006年「学校教育法」の改正により「特殊学級」が「特別支
援学級」と呼称が変りました)
ここまでは単なる「特殊学級から特別支援学級への変遷の歴史」です。
今日書きたかったのは学級を任される「教員」の資格の問題です。
変遷の歴史を一読すれば、一口に「そこに通う生徒」といっても「目の悪
い人」「耳の聞こえない人」「肢体が不自由な人」「吃音の人」「知的障
害の人」などなど様々だということが分かります。
その学級を担当する教員はかなりの専門家か、教育をうけてなんらかの免
状か資格を取得した方々でないと勤まらないはずと、私は思っていました。
しかし現状では「教員免許」を持っていれば誰でもが任されてしまうの
です。逆に、「教員免許」を持っていないと「特別支援学級」で教えるこ
とはできないことになっているのです。このことは「普通の教員が特別支
援学級に人事異動された場合、生徒に専門的指導ができない」という側面
と「専門的指導が可能な人物でも教員免許を持っていないと指導ができな
い」という側面の、両面からの弊害となって表れてきています。
「教育職員免許法」というものがあり、「特別支援学校教員は特別支援
学校の教員の免許状を有していなければならない」となってはいますが、
同法附則の16で「当分の間は特別支援学校の免許状がなくても特別支援学
校の教員となることが出来る」となっており、事実上の骨抜き法とされて
いることが大問題です。
専門の教員不足等の問題もあるのかと思われますが、それならば「教員
免許がなくても有資格と認定された専門家は特別支援学級の教員となるこ
とが出来る」と附則に付け足しては如何だろうかと思うのです。
例えばある症状の生徒には言語聴覚士の援助が必要だとします、しかし
現在のところ「何も特別知識のない一般教員」が対応にあたっています。
一方、言語聴覚士などの多くは教員免許をもっていません。従ってそれら
の知識や技術は特別支援学級では発揮できません(彼らは主に病院などで
働きます)。教員免許と他の専門資格の両方を取得することは、時間的に
も金銭的にも相当な負担を伴います。両方の資格を持つことは現実的では
ありません。現状では多くの特殊な事情を抱えた子供たちが、なんらの専
門知識を持たない普通の大人に預けられている、といった状況にあると最
近知った私は驚きました。それでいいのだろうか?
また、教員たちにとって、特別支援学級に人事異動されるということは
多くの場合想定外で、現実には「左遷」と捉えられているケースも少なく
ないようです。そんなケースでは教員自身がやる気をなくし、生徒たちを
「適当に」見る、といった状況が発生する危険も孕みます。
一方で「特別支援学級」こそ働き甲斐のある場所だと、意欲に燃えた教員
も多くいるはずです。そんな教員には有効な資格や免状を取るための勉強
期間として1年~2年程度の有休制度を設けたらどうかと思うのです。
先ほど「附則に付け足しては」と書きましたが、実際にはそんな姑息な
手段ではなく、特別支援学級の教員資格については抜本的な改正をしてい
ただきたいと私は願うのです。
そうでなければそこに預けた親もそこに通う生徒も「困難を克服し自立を
図る」ことなど思いもよりません。
こんなことを急に書いたのも、今春、娘が言語聴覚士と教員免許を持っ
て、ある学校の特殊学級で仕事をすることになり、そこでの様々な矛盾と
問題点をなんども聞かされ、現実を知ってしまったからなのです。
幸い私には「子供の教育の実践家」で「子供の教育」を自らの主張のメイ
ンテーマとして論陣を張り、今年の参議院選挙で国会議員に当選した友人
がいます。その国会議員に話をぶつけに行こうと考えていますが、その前
にまずここで読者の皆さんがどのように思われたか知りたく、このMMの
趣旨とはまるで違うことを承知で書いてみたのです。申し訳ありません。
何か思うところがあればメールをくだされば有難いです。
(文責 S・多賀)
※多賀さんの記事に、長年障害児教育に携わっていたスタッフの1人から
感想が寄せられました。以下に編集長の一存で掲載させていただきます。
多賀さんへ
感想はここに書ききれないくらいあります!
私が教員採用試験に受かって、東京で面接を受けたときのこと。
普通学級・障害児学級・養護学級の3つから希望を聞かれました。
もちろん普通学級の免許しか持っていません。
そのときの面接官のことばを良く覚えています。
「障害児学級で3年我慢したら普通学級の教員にしてあげます」
教育に携わる人の感覚がこれか~!と衝撃でした。
「どこでもいいです」というと障害児学級に配属されました。
その後25年学校は変わりましたがずっと障害児学級。
子どもたちとけっこう、うまがあって(?)楽しかったのですが、
教育行政や学校という組織や体制にはずっと疑問がありました。
お嬢さんの気持ち、よくわかります。(わかるような気がします)
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