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本間様には及びもないが

アカデミー賞の「おくりびと」で一躍有名になった庄内。私が一番好きなシーンはNKエージェントの面接シーン。庄内の町外れ(?)にありましたありました。思わず「ここ、ここ」と駆け寄ってしまいました。
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外観しか見せないのかと思いきや、なんと内部も再現して公開中。
いや~思い出すなぁ、「旅(立ち)のお手伝い」と知らされるシーンは日本映画史上に語り継がれるべき名場面だと私は思うのであります。
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さて
庄内藩と酒井の殿様が栄えたのは、豪商「本間光丘」の存在があったから、ということで、本間家の地元酒田を訪問したらビックリ。本間様は代々栄え続けて、今では日本で5本の指に入る大地主なのだそうです。「本間様には及びも無いが せめてなりたや殿様に」という歌が昔から伝わる「あの本間様」なのでした。当代御当主にもお会いして、そのおだやかな表情と仕草に感心しきり。
立ち寄った旧料亭の艶やかなこと。
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育まれた文化の豊かさが偲ばれます。
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場面は十三人の刺客ならぬ十人の酔客。二日酔いなのではありません。酒井様やら本間様やら、話に伝わる歴史上の方々の当代当主とも出会え、残っている史蹟の豊かさ、歴史の厚み、人の仕事の見事さに、酔って歩いているのです。何代にも継続して家督を継ぐ間には一人くらいアホが出てもよさそうなものを(~_~;)、出る当主出る当主すべて聡明で英賢で人徳があられるのは一体どうしたわけだろうか、振り返って我が多賀家は・・・と余計な心配をしてしまいました。
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蔵と欅の遊歩道は様々な映画にも使われたそうですが、ここは江戸時代から最上川舟運の本拠地として栄え、蔵は今でも現役で使用されているのです、驚き!。最上川の上流には上杉家があり、光丘はそこと親交を結びましたので下流からは北前舟で京都の文化、上流からは上杉家の物資が入って、ますます繁栄していく本間家です。私も本間家の資料館で¥9000ほどオミヤゲを買って、繁栄に貢献させていただきました。
いろいろ圧倒された2泊3日。
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海鮮市場でランチを食べて、旅は終わり。
報告したいことはホントはもっともっとあるのですが、宇生社長の彼の地での人脈の広さと厚さに今更ながら驚き、大歓迎してくれた山形の皆様のご厚意に感謝して、終わりとします。有難うございました。
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