蘇れイーハトーヴ

イギリス海岸はどうなっているだろうか、ぎんどろ公園?は さいかち淵は?と急に心配になって、先日から賢治の本を読み返している。読み返したってどうにもならないが、かねた一郎にも会えたし、キッコも元気だったし、谷川の岸の小さな学校にいる子供たちも皆元気だった。相変わらず愉快な連中である。この少年少女たちを、この度の災害で両親を失った遺児たちと重ねて読んだ。「おうちとママが欲しい」とつぶやく子等にかける言葉が見つからないが、どういうわけか賢治の作品に出てくる少年少女たちに、親のあるニオイがしない。小説の中の子供たちはあくまで子供たちだけで楽しく精一杯振舞っている。震災遺児たちを仲間にいれて一緒に遊んでくれないか、と思ってしまった。
「われらのすべての田園とわれらのすべての生活を」ユートピアとして建設しようとした賢治。今この状況をどのように見ているだろうか。

「あすこの田はねえ」がやっぱり心に強く訴える。
立ち直って欲しい。
よみがえれイーハトーヴ

雲からも風からも
透明な力が
そのこどもに
うつれ・・・。
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