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焼肉屋にて

地元で人気の焼肉屋へ。
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メニューから消えていると思ったユッケがあった。
注文しませんでしたけど。

花金という言葉は今でも生きているのだろうか、私たちが行った時は運よく1テーブル空いていてすぐ座れたが、その後90分ほどの滞在時間中ずっとウエイティングだった。すごいネここは。

来週も夜の会議が多く、娘に満足な夕食を食べさせてやれない日が続く予定なので、本日はその代わりにチョイとゴチソウを、というワケです。

近くに美味い鮨屋があれば、私はそこに行きたいんですけど、無いんだなぁ、これが・・・。子供たちは鮨といえば回転寿司しか知らないので(というより、私たちが鮨屋に連れてってないんですけど)、鮨というのが「ゴチソウ」の部類に入ってないのであります。失礼だなぁ、鮨に。

「焼肉店」っていうのは一体いつ頃から日本人の食文化の中に侵入してきたのだろうか。少なくとも私の子供の頃は身近に無かった。明治大正の小説や随筆を読んでも多分「焼肉店」というのは出てこない。昭和初期でも出てこないだろうと思う。「鮨屋」や「スキヤキ店」などと違って「焼肉屋」はなんとなく労働者階級が行くところ、というイメージではなかったかなあ。内田百先生の本にはまず出てこないだろう。池波正太郎もしかり。もし彼らが焼肉を食べていたとしてもきっと「その晩はタカジアスターゼを飲んで寝た」くらいのことを書いて終りだろうと思う。開高健や山口瞳あたりになるとまじめに取り上げていそう。ショージ君ならきっと軽快な話題にしていると思いますね。ショージ君が焼肉屋に入ってまず何を注文し、どう焼いて何から食べて何と言うか、興味があるなぁ。それと「三丁目の夕日」ではどういう扱いになっているか調べて見たいものです。

なんてなことをネ、娘の話をききながらぼんやり思っていたのであります。
それにしても娘の話は最近ちゃんと起承転結があって、おもしろく聞けるようになった。
小学校の頃は多分話したいことが沢山ありすぎたのだろう、キーワードと接続詞だけが早口で羅列され、文体が少しも形成されていなかった。何を言いたいのか全く伝わらずどうなることかと思ったが、ヒトは成長するものだ。

かみさんから電話があった。光明が見えそうだが、一進一退。まだ何の結論もだせない。次の検査は2週間後。ま、ゆっくりあせらず。そのうち最善の方法が見つかるでしょう。
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