6/20 「ホタル狩り」の巻き

蛍は鑑賞するものか、観察するものか、或は「蛍狩り」という言葉があるように、狩るものか。或は見学するものか見物するものか。どっちでもいいようなことがらですけど、今日はちょっとこだわってみようと思います。私としてはホントは「蛍狩り」という古風な言葉を使いたいところなんです。
「ホタル狩り」っていうと眉をひそめる人が多いですが、同じような言葉に「紅葉狩り」という言葉があります。「紅葉狩り」といったって誰も枝をポキポキ折り取るヒトはいません。NHKのラジオで語られていた話によると、平安の昔、鹿や猪の狩りに出かけた貴族たちがみごとな紅葉に出会い、狩りを忘れてさらに山奥に紅葉を求めて分け入って行った、ということから「紅葉狩り」という風雅な言葉が誕生した(かも)ということです。言葉そのものは「万葉集」のなかにあるそうです。「狩り」という言葉には「わざわざ山野にでかけていく」というイメージがありますね、そういう意味で都会では見られない「ホタル」を狩りに、「紅葉」を狩りに、という言葉は残しておきたいと思うのです。
よくイメージ図で、浴衣を着た女の子が、ホタルの出る里の夕暮れに、ウチワかなにかを持ってホタル狩りをしているようなのがあります。あの図がおそらく多くの日本人の頭の中にあるので、ホタル狩りというとウチワでホタルを捕まえる(!)というようなイメージと直結してしまうのではないかと私は思っています。「風景を狩りに行くのだ」と思えば、紅葉もホタルも十分「狩る」に値するものではないでしょうか。
私のこの日記のタイトルは、誤解を避けるためにホタルの「観察」日記、としておりますが、「ホタル狩り」という風雅な言葉で、皆様をホタルの世界にご案内したいものだと思っています。角川の歳時記でも「蛍狩り」については「蛍の名所を見物したり」「蛍を追ったり」することと書いてあって、ホタルを実際に「狩る」こととは書いてありません。後世に伝えたい言葉の一つであります。

さて、本日は初老の(失礼)ご夫婦2名様をお連れして例の場所へ。ホタルはますますよく出てくれて、十分堪能していただいたと思いますが、私自身の「なるべくしゃべらず、ホタルの思いを伝える」という目的は達成されませんでした^_^; だめだなぁ、どうしてしゃべってしまう・・・。
帰りの車の中で反省していると奥様が「今日は、勉強になりました、ホタルもがんばっているのですね、知りませんでした」とにこやかにおっしゃった♪ ありがとう!お世辞でもありがたい。今日は「ホタルもがんばって生きている」ということをお伝えしたかったのです(^_^)v 

親のいない世界に生まれでて、一人で1週間の命を生きていく。クモの巣にあえなく捕まってしまうホタルもいれば、メスとめぐり合えず死んで行くホタルもいる。メスにふられてさまよいながらフラフラ飛んでいくホタルもいれば、ふられてもすぐ次のメスを探しにいくオスもいる。オスどうしぶつかり合ってビー玉のように相手をはじくヤツもいればはじかれるヤツもいる。「よだかの星」のように、そら高く一直線に飛び上がっていくヤツもいて、あいつは自殺をしに行くのか?と思わせる行為も確かに伺える。本によるとホタルは生まれた地点からせいぜい数百mの範囲でしか移動しないそうですが、わざわざその外に出て行って死ぬホタルもいるそうで、それを著者は「ホタルの自殺行為」と書いてました。ホタルも世をはかなんで自殺するのでしょうかねえ(!?) ま、何が確かなのかはわかりませんが、ジッと見ていればホタルの人生が伝わってきます。

今日のご夫婦は、そのような一生懸命のホタルを「観察」されて、「がんばっているのですねえ」という感想をくださった。ありがたいことです。「ホタル狩り」という言葉は単なる私個人のこだわりですから、まぁどっちでもいいのですが、ホタルを見て後に、ホタルの一生について思いをはせるという時間を持っていただきたい、というのが今日の案内の目的でしたから、一応目的達成、ということにさせていただきましょう、ありがとうございました。
今晩はどういう方が参加して下さるか、楽しみです。
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