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身延道を太平洋まで。

前回はこんな報告を致しました。
八ケ岳から富士川に沿って太平洋まで歩くというプロジェクトです。「富士川街道を歩く」というシリーズ名にしました。が、どうやら「身延道」といった方が正しいようですね。
さて本日はその二回目。JR身延線小井川駅に着くとはやくも担当の方々が忙しく受付をしておりました。
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ご苦労様です。
今日も良い天気に恵まれました
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入念にストレッチをして出発です。
すぐに八幡穂見神社に着きました
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ここでの顛末は別稿に書きましたのでどうぞ
いや~、ほんとに今日もいい天気
今日のコースのどこからでも我が懐かしの
故郷の山が見えるのです
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そして白根三山の北岳と間ノ岳も
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周囲が山に囲まれて、山好きの多い歩こう会のメンバーにはたまらない一日でしたが
信玄はウンザリしていただろうなあと思われるその盆地の囲まれぶり!周囲の山々の重なり!
八ケ岳の西の裾野が果てるあたり、わずかに低くなっているあたりを諏訪口といいますが、誰が見ても盆地の出入り口はここしかない。と思いきや、身延道を経て太平洋にという突破口もあったじゃないの、今川と何か約束してたのかな? なんてあれこれ勝手な思いをめぐらせながら歩くのは楽しい。まいいや、今日は歴史の勉強より、町ウオッチングだ
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ほら、こんなものがあるのですよ、お墓に鳥居?
誰か説明してくり~
下は大塚人参
味が濃く、香りが高いということです。
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長いですね~~
で、ですね、下は単なる「お食事処」だというから笑っちゃうじゃありませんか
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本格的なお城ですよね。
ここは市川団十郎発祥の地で、現在は「歌舞伎文化公園」となっている一角です。
まち歩きは楽しいですね~
道路に横断幕がありました。
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「浅利与一」とはだれか、不勉強にして知らなかったので、いま調べたら下記の如し。
浅利与一は源 頼朝の平家追討軍に参加し、佐奈田与一、那須与一とともに"源氏の三与一"といわれた 弓の名人
へ~、強弓使いは那須与一だけかと思った。この町では弓の大会でもあるのだろうか。扇子でも撃ち落とすのかな?
下の写真は「リンゴの木」「柿の木」「桃の木」のショット
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手前がリンゴ 左奥が柿、右奥が桃
こんなほのぼのとした道なども歩いて
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コースはいよいよ町中へ。
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駅も近いと思いきや、
ちょっと横町にはいると
こんなものがあったりします
なんだと思います?
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耳の取れてしまったお稲荷さんのキツネです。
通り沿いにもこんな有形文化財が
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数日前に重要文化財に指定されたばかりだそうです。酒屋のようでした。
などなど、
ほかにもたっぷり町ウオッチングを楽しみながら市川本町駅に到着。
身延線の駅ではきっと「ときならぬ人ごみ」に運転手さんも驚くだろうなあと思いつつ電車の到着を待ちます
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予定より一電車はやく到着したので、家にもはやく着きました。
担当の方々、ありがとうございました。
今日も有意義なウオーキング、楽しい一日を過ごさせていただきました。
参加された方々、お疲れ様でした。次回は「納会ウオーク」でお会いいたしましょう。
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コメント

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大塚ニンジン、まるかじりしたい!! ご当地野菜、もっと知りたい!

びあんちさん、おひさしぶり。
ネズミ大根とか紫イモとか、沢山ありますよ。
こんど「ご当地野菜鍋」でもしますかね。

キツネ

お稲荷さんのキツネ、猫のようなものを抑え込んでいるように見えるのですが。私は気づかずに通り過ぎてしまいました。じっくり見たかったなぁ、残念。
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