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除霊 その2

【2/29の続き】
K女史が来たとき、その男性はヨダレを垂らしながら机に突っ伏して、焦点の合わないうつろな遠い目を時々どこかに向けたり、オエッオエッと咳をしたり、ほんのちょっとの間正気に戻ると、自分のことを少し喋るが、すぐにオエッと咳き込んで背中をおさえ、痛い痛い、といいつつまた机に突っ伏したり、というようなことを繰り返している最中でした。K女史が現れてもなんら意に介さず、相変わらず同じような状態です。K女史はこういうことに慣れているようで、隣に座って彼の背中をやさしくなでながら「どうしたの、何があったの」と諭すようにあやすように小さな声で語りかけはじめたのです。

しばらくそうやっていると、彼の息遣いがだんだんおとなしくなり、たったり座ったりしなくなりました。
頃合いをみて「なんでも話してごらん」というと彼は切れ切れに、自分の過去や現在などを思いつくまましゃべり始めました、といってもまだオエッオエッと咳き込んでしばらく黙りこんだり、アタタタと背中を押さえたり、まるで関係ないことを急に話し始めたりするので、まともに話は続きません。

時々何かに向って怒ったり怒鳴ったりして、落ち着かないこと甚だしい。

そういう時間がしばらく続いたが、この間、何度も正気に戻っているので、今、自分が除霊されているということに気がついてはいるようだった。彼の中に巣くうなにものかが、除霊されまいと抵抗しているようにもみえ、また違うナニモノカは、はやく彼の体から出て光に帰りたいようでもあった。彼自身も、K女史にはやくカレラを外にだしてもらいたいという意識がだんだん強くなってきて、K女史に協力するような返事をするようになってきた。

もうこのへんまで数時間たっている。

なにしろ彼には5~6人のナニモノカが憑いているらしいので、除霊も簡単ではない。静かに座っている時の男の後ろに回って、女史は彼の頭を両手で柔らかくつつみ、何事かを念じているようにも祈っているようにも見えた。話しかけるような雰囲気ではないので、実際には女史が何をやっているのかは分からない。

時々男が「あ、出たがっている、はやく」と叫ぶので、女史も真剣に何事かを強く念じて始める(ような様子だ)。しかし何が起こっているのかは私には分からない。

ところで、私にはその日のうちにしなければならないことがあり、ずっとそばにいるわけにはいかない。かみさんも歯医者にいったり、子供を迎えに行ったり、でたり入ったりしている。時々座を外したりするわけだが、ある時、「やっと2人出て行ったようですよ」と女史が言った。え?出ていく瞬間って何がどうなるんだろう、と思ったが、何かが出て行った気配はその男にはわかるらしく、「いや~、ありがとうございます」なんてやけに明るく言っている
う~む、この調子で行くと彼は元気になるのかなと思ったが、どうしても出ていきたくないというナニモノカがまだ彼を支配しているらしい。時々前と同じ状態になる。オエッオエッと前かがみになって咳き込み、背中をおさえてイタイイタイと言い、しばらく沈黙したかと思うと、何事か怒鳴って大声をあげる。

そんなことの繰り返しでまた数時間

闘いに熱くなったか、彼は上半身裸になり、なにか叫ぶが、正気に戻った時の彼はなんとか自分からナニモノカを出したいという意欲がだんだん強くなってくるようだった。塩をまいてくれというので塩をまくが、それでは足らず、自分の体に塩をぶつけるように塗りたくりはじめた。

そういう態度をみせながらも、やはり相変わらずふさぎ込んで自身の過去をかたりはじめたり、何か後悔して泣いたり、かつて振られたらしき女性の悪口や懺悔やらちぐはぐなことを叫んだりして落ち着かない。

女史の言うにはどうも修行中だったラマ僧が憑いているようだと・・・。苦しそうな咳をさせたり、背中を痛くさせたり、物理的な痛みを伴う行為を自ら受け入れているのが、どうやら未熟なラマ僧のようだというのだった。で、そのラマ僧が出て行かない限り、他のナニモノカが全部出て行ってもダメでしょう、という結論だった。

しかし男は、既に他の霊の多くが光に帰って行ったことを実感しているようで、だんだんと正気の時間が長くなり、笑顔も見せるようになった。

朝7:00頃から、こういう状況で、すでに14:00を廻っていた。

女史も仕事があり、私も仕事がある。男も東京に帰らなければならない。この辺が潮時と、そろそろ帰ろう、と伝えた。彼なりにすっきりしたような部分もあるらしく、ありがとうございました、ご迷惑をかけました、と普通の青年の言葉が自然にかえってきた。

彼は頭から塩かぶったようになっていたので、帰る前に風呂に入っていくようにすすめた。
風呂に入っている間、女史は「なんとか普通にもどったようだけど、ラマ僧がいるかぎり、まだまだ出る。彼もラマ僧を受け入れちゃっているからどうしようもないわ」というのだった。
「人にはその人を守る守護霊というのがいるけど、憑依している霊を守護霊と勘違いして信じ、いいなりになっている例がすごく多いのよ」というのだった。まさに彼の場合がそうで、「なにかで自分が気が付かない限りダメね」と言って帰っていった。(いや~長時間お疲れ様でした、ありがとうございます)

風呂から出た彼はさっぱりとして、普通の人間として現れた。じゃ駅まで送っていこうと車にのせたが、まてよ「貴方は三分一湧水に行くと言ってたね、じゃ連れてくよ、それから駅にいけばいい」と言って、彼をすぐ近くの三分一湧水へ案内した。

橋を渡ってデイリーの角を曲がり「そこが三分一湧水だよ」と言うと現下に「違いますっ」とキッパリ言うのだった。「おや?また出たかな、ラマ僧が」と内心思ったが、だまって駐車場まで行き、降りて歩きはじめるとすぐに「あ、ここです」と言って、本来の三分一湧水の場所ではなく、小さな流れの一つをさして、どんどんその中に入っていくと、手で水をすくって飲み始めるのだった。もうほっておくしかないので、見ていたら、3杯ほど掬って飲み終わると、さっき風呂からでてきた時以上のスッキリ顔になって(おそらく今度こそ正気にかえって)「あれ、私、なんでこんなとこに」いるんだろう、何をしてるんだろう」とにっこり笑うのだった。

「いや、三分一湧水ってのは、もっと奥だよ、行こうか?」というと「いえ、もういいです。多分もう必要ありません」といって車に乗り込んだ。

いったい三分一湧水から流れ出た小さなせせらぎの水は彼に何をしたのだろうか。

小淵沢で見送った彼は、もうまるで普通の人だった。
「また来たい」という言葉が本当なら、是非また来てほしい。
その後のラマ僧がどうなったかを、私は知りたい。

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