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「風景」と「歩くこと」の関係

■本日沿道景観研究会という会議が行なわれた。県、市の担当者と民間計12名という小さな会議だったが、こういう会議を官民で行なえるようになったことがまず前進だ。先日景観行政先進地を官民で視察に行ってある程度手ごたえを得たので、官も乗ってきたような感覚がある。
とはいえ、まだまだ官はガッチリとした縦組織。景観行政と一口に言っても、道路河川課、土地政策課、観光課、企画課、商工課、環境課、林政課など等、ほとんど全ての課に渡る内容をはらんでいるので、全体に浸透させるのは気が遠くなる先の話だ。
■昨日の朝日新聞に「京都の景観 再生なるか」という記事が出ていた。景観保全より経済活動の自由を優先してきた結果市内に高層マンション等が増え、歴史都市としての存在価値が失われようとしているというのだ。危機を感じた市がようやく「新景観政策」を始めて「屋根は傾斜屋根として日本瓦か金属板ぶきとする」などかなり踏み込んだ基準を打ち出した。五山の送り火や金閣寺境内からの展望など38の特定地点を選出して、そこからの視界に入る建物のデザインや高さなどを規制する条例なども設けており、かなり斬新だ。「点滅照明を使った看板は市内全域で禁止」なども良いですね。こういう記事を我が県わが市の担当者は読んでくれているだろうか。これは「京都だから」の話ではない。我が北杜市も「山岳と里山と田園」が広い空の下で融合した特徴有る自然景観を保有しており、これは「日本一の空間景観」と誇っていいものだ。その景観を阻害するような建造物を取り締まる規制を一刻もはやく作らなければいけない。
■先日ある企業人に「歩く文化を創り、広めていきましょう」という話をしたら大いに乗ってくれた。こういうことはやっぱり役所よりも企業だ。企業には「ピン」と感じてくれる人が大勢いる。優秀な企業人は常にアンテナの感度を磨いているので、人の一言から自由に想像のベクトルを向けて考えることができるのだ。久々に「くどい説明」をしないでも話が前に進む感覚を味わって爽快だった。
■私が「歩け運動」を広めたい一つの目的は「良い景観」を多くの人に感じて欲しいからだ。「良い景観」とめぐり合うのは「歩いている時」が多い。車に乗っている時でも「良い景観」にめぐり合ったら人は必ず車を降りて眺めるだろう。車からでは良い景観を楽しめない。
「良い景観」を感じてくれたら、次はそれを守りたくなるはずだ(そうあって欲しい)。
山梨県は全国でも一番道路に使う金が多いそうだが、それは山梨県人が日ごろ歩いていない証拠でもあると私は思っている。車の道路ほど里山の風景を破壊するものはない。風景を破壊されても車からだと特に何も感じない。そういう悪循環が発生している。厄介な道程だがまずは皆に「歩いて」もらい、「何が美しく」「何が汚い」かを感じてもらうことから始めたいと思う。
■その企業人はその運動が「健康と環境と観光」に結びつくと即座にピンときたようだ。さすがである。この新3Kが今後の北杜市の課題であり、自分の企業にとっても課題であると感じ取ってくれたのだ。そして「歩く文化の創造」こそが課題をクリアする王道だと(きっと)思ってくれた。
来週も会うので、話の続きをしたい。
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コメント

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再発見

歩いて見える景色は、違います。
早さが違います。
視点の高さが違います。
感じる空気が違います。
でも私自身も、日常は少しの距離も自動車を使ってしまいます。観光の非日常性がそうさせるのかもしれません。

日常にも余裕が必要なのかもしれませんね。改めて思いました。昔子供と探検した小道の桑のみを食べたり、良く鳴るタンポポの笛を探したり、色いろを思い出しました。

蛇足でした。

ちっとも蛇足ではありません

san.san さん、長島さん(古っ)失礼しました。
大喜利で昔「あわてるな、昔はみんな 歩いてた」というのがありました。
本来「歩いて」すべての用が足せる範囲の「日常」、その「速度」、その「視点」で人生を送るのが最も自然だったのだと思います。いつの間にか「もっと速く」「もっと遠くへ」行かなければいけない社会になってしまいました。
「自然な日常」を取り戻したいものです。

韮崎に住む、K谷です。
初めてコメントさせていただきます。

景観のお話ですが、
南ろくには電線が多すぎです。

別荘ごとに一軒一軒電線を伸ばしているせいなのか、原因はわかりませんが、五町田から大泉に上がっていく道でいつも実感します。

八ヶ岳の雄姿を電線がじゃましていません??

南ろくの電線をすべて地中化してみたら、どれだけ開放的な風景になるでしょうか。

まぁ、工事に莫大な費用がかかりますから、厳しいでしょうけど、主要幹線沿いだけでも進めて欲しいなぁと思います。

で、予算はどこから持ってくるか。
それは、おいおい考えていきましょう。笑

電線のこと

ルパン13世様、かきこみありがとうございます。
書いていただいた内容に激しく同感です。全くその通りだと思います。
誰もが「汚い風景」と感じ、誰もが「仕方がない」と何も言いません。しかしこれは誰かが常にそのことを喋ったり書いたりし続けていなければならないことです。
この問題に関して私達(南麓風景街道の会)が取り組もうとしているのは、まず「点」からスタートという方法です。
理想はK谷様のおっしゃる通り「主要幹線」の電線地中化ですが、これはかなりハードルが高いです。
で、そのような「線」ではなく、たとえば五町田の交差点、或いは若林の交差点、といった具合に、主要な交差点とその周辺、といった「点」を攻めていく手法です。
手探りではありますが、先日も県の方や市の方も交えて交差点の視察をしたところです。今後どのようになっていくかまだまだ模索中ですが、気の長い作業も最初の一歩を踏み出さないことには始まりません。
日本では「きれいな風景を大切に守る」という行為は、景観条例や景観法というものが浸透し徹底され、他の条例や法令よりも上位に位置するもののように感じられるくらいにまで人々の意識が向上しないと達成されにくいのではないかと感じています。
一箇所でも電線地中化が実現し、「やればできる」「やればきれいになる」と皆が実感してくれれば、少しものごとが動き出すだろうと考えています・・・。