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オオムラサキ祭り

長坂町の一大イベント「オオムラサキ祭り」の第一回実行委員会が行なわれ、何故か私も委員になっていたので、出かけてきた。
まず日程。例年だと7月22日(日)になるのだが、今年はどうやらその日に参議院選挙になりそうで没。29日の日曜日はNHKのど自慢がコミュニティセンターに来ることが決まっているので没。で、8月の第一日曜日の8月5日となった経緯を発表。中身はほぼ去年と同じ。費用は1400万。そのうち花火は約700万
長坂町時代から続く祭りだが、合併し北杜市となって多くの組織や団体の構成が変わり或いは解散したにもかかわらず、同じような規模の祭りをやろうとし続けることに異常を感じる。
小中学校の校長達も実行委員として呼ばれていたが、日程の変更に異議を唱えていた。これまでのように夏休みにはいってすぐの時期なら子供達のコントロールもできるが、8月に入ってからの子供達の招集は親の都合もあり、難しいとのこと。この祭りは地元の小中学校の生徒達が歌ったり踊ったりして参加するプログラムが多い。その為の練習もしなければならず、学校として授業をつぶしてまでやらなければならないのが大変だという注文もついた。その上、祭りの為に描かなければいけない絵画も、描く時間がない中でやりくりが難しい。あげくに、描きあがった絵は雨ざらしの会場に展示され、無惨に引き剥がされた姿で戻される。これではやりきれない、というのだった。その通りである。しかしそんなことはこの祭りが始まった当初からの問題だった。今日あらたにそのことが話題になるということは、今までは校長達は実行委員ではなかったのだろうか。かく言う私も始めての実行委員参加だ。人手が足りないので実行委員を無理やり増やしたのだろうか。やたら実行委員が多い。名簿上は74人もいる。あて職もいいところだ。
テントを本部なども入れると全部で80張り出るのだそうだが、そこへ水や電気を配管配線する。これを使って商売して儲ける出店者たちは電気代も水道代も費用ゼロなんだという。おいおい、商売するなら水道光熱費くらい払いなさい、と水道施設部代表として出席していたヒトが発言した。ボランティアで配管するだけでも二日間かかるのに無料とは、と怒っていたが、正論です。
誰かがこの祭りの経済効果は?と聞いたがはっきりとした回答はなし。まぁ聞けば聴くほどこの祭りは誰にとってもやっかいものらしい。本気でどうしてもやりたい、というヒトもいない、情熱もない。じゃなんでやめないの? 
ほとんどが市の職員の出ずっぱりの作業でやっているので、それはかわいそう。そこで誰かが各団体から義務的に何名かづつボランティアを出させよう、と言ったのだが私が反対をした。身の丈にあった祭りをすればいいだけの話じゃないか。義務で人員を借り出してまで1400万を使う祭りを何故やるの?。北杜市は1000億近い借金があるというのに。一晩で700万の花火なんかあげてる場合か?
自己中な話になるが、私は今日「観光協会・長坂副支部長」という立場で参加したので「観光的には経済効果ほぼゼロに等しい」「そのような祭りに観光協会として義務的に人員を出すわけにはいかない」「祭りには反対である」と表明してきた。そんなことはもうとっくに表明してきているのに、いくらあて職とはいえ私が実行委員に選ばれたのが不思議。事務局としては一人でも猫の手でも借りたいくらいヒトが欲しいのだろう。そのくせ規模を小さくして行なう頭も無いようだ。もっとも事務局といっても合併で旧町村からきて様子の分からぬ職員なので彼らに責任はない(判断力はあっただろうが)。事務局には実行委員をおろさせてくれと伝えてきた。果たして降ろさせてくれるかな・・・。
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コメント

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オオムラサキ祭りの裏側をはじめて知りましたが、問題山積ですね。いったい誰のための、何のためのお祭りなんでしょうか。長坂選出の市会議員さんたちは何も言わないんですか?
大泉の「ふるさと祭り」もお金の使い方に対しても批判はありますが、芸能人v-264が来るのを楽しみにしているお年よりも多いことから、近い将来見直すことにしてます。
北杜市は財政難であることは事実ですが、300億円近くの予算を組んでいることもまた事実です。要は市民が納得できる上手なお金の使い方が求められています。だからペアハットさん、実行委員を降りるなんていわないで、おかしいことはおかしいと、ガンガン指摘してくださいv-31

ありがとうございます

実行委員会の会長副会長共なんとなくこの祭りはおかしい、できるなら止めたい、もし続けるならやり方を変えなければならない、と考えているようです。
しかし、そうはできない。何故出来ないかと言うと「祭りを止めよう、或いは変えよう」というハッキリとした声がどこからもあがっていないからです。むしろ「続けよう」という声の方が多いからです。
しかしここにカラクリがあって、地域では本音を言えないのです。「止めよう」と思っても周囲を気にして声を出せないのです。一方「続けよう」という声は地域では「今まで通りのコト」として誰からも憎まれませんから大きな声で言えるのです。したがって関係者の耳に入る言葉は「止めよう」より「続けよう」のほうが多く聞えるのです。
その程度のカラクリが分からない関係者達ではないと思うのですが、実は責任は「止めさせたい」と思っても声に出せない多くの市民にあります。
やっぱり会長も議員も職員も皆ヒトの子。市民の声が大きければその声に従った行動がとり安くなります。人々に「止めましょう」という思いはあっても誰も声に出さないのでは、関係者達は続ける以外に手はありません。
思ったことは口に出すこと。このカンタンななコトさえ市民が実行すればあらゆることがもう少し前向きに進んでいくのだと思います。