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源氏途中経過

この前、源氏をダイジェストで読んだ時の日記に「男はこんな本を喜んで読まないんじゃないの」と書いたが、撤回します。なかなか面白いじゃありませんか。といってもまだやっと6分の1を読み終えたところ。いや~こいつは本物の長編だ・・・面白いが長いっ!
光源氏の行動と女性に対する自分本位の考え方は相変わらず「現代から見ると」捨て置けない横紙破りだが、あの当時ならあれで許されるのだろう・・・、と割り切って読みすすめば、いやはや、スリルとサスペンス満載、次は何をやらかすのかハラハラさせられて、千夜一夜なみの冒険譚だ。やんごとなき方々の間をただ出たり入ったりするだけの小説に、よくもいろいろなテーマや筋立てをあれこれ考え付いたものだと感心します。だってですね、当時のやんごとなき方々の生活は、スポーツもしない、買い物にも出かけない、芝居も見ない、畑も耕さない、料理も作らない、仕事といえば集まってなにやらの評定、ただただ年間行事と催事と祭事をこなすだけ(のようにしか読めない)の毎日。どう考えても事件が起きそうもないのですよ。
そんな条件のなか、あれだけ長い本を飽きさせず読ませるところはさすが1000年の時間を超えて読みつがれてきたテクニック満載ということで、ストーリーテラーとしての面目躍如であります。作者は女性というのですからホントに驚きです。源氏のヰタ-セクスアリスともいえる内容なので、当時相当センセ-ショナルな出来事だったのではないだろうか。紫式部はその後どういう人生を送ったのだろうか。

源氏に劣らず長丁場になりそうなのが小学館の全集日本の歴史全16巻。ただ今第一巻の「列島創世記」に挑戦中。これも気鋭の学者によって書かれた通説をひっくり返そうという気概に満ちた本。「照葉樹林文化ではなかった縄文文化」なんて書いてあって小気味良い。

小島慶三の「文明としての農業」をある人から渡されたが、これも目からウロコ本。1990年というから今から18年前、バブル崩壊前夜あたりに執筆された本だが、少しも古くない。本質は古くならないということか。まだ少ししか読んでいないがこういう本は私が読んでも実際には役に立たないので、企業家や実業家に読んでいただき、なんらかのアクションをとっていただきたい本だと思う。「農」は日本を救う重要なキーワードだと思われます。
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コメント

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昨日偶々石山寺に行ったら「源氏物語千年紀」で大々的に催しをやっていました。
田辺聖子の源氏物語の直筆の原稿や、常設展示では紫式部の直筆の大般若経の書写も見ることができました。
どちらもとても優しい女性的なしかし知的な雰囲気を感じ取れる筆でした。

石山寺は紫式部が源氏物語の構想を練ったり執筆した所です。(正直ここに来るまで西国33ヵ所のお寺と言う認識しかなかったのですが)

先日明石・須磨に行ったばかりでしたが、光源氏が明石須磨からの帰り、私の家の近所の住吉大社にお礼のお参りをしたというくだりもあるとかで、知らぬ間に源氏物語つながりで行動していたのに驚いています。

そしてPさんが、源氏物語を読んでいるのを思い出しました。
私も機会があったら源氏物語を読破してみようと思います。
またの「途中経過」を期待しています。

>「源氏物語千年紀」
そうだったんですか、それでどうも「源氏源氏」と世の中が騒がしかったのですね。少なくとも私の周りでは今なぜか「源氏」がブームです。やっと原因が分かりました。

紫式部の直筆とは、すごいですね、でもどうして「直筆」と分かるのか、そのこともすごいですね。

明石・須磨に行ったばかりとは、これまた雅な響きでいいですね~
私は相変わらず山から一歩もでられないまま源氏物語など読んではいますが、なんだか「偽紫田舎源氏」といった風情です。

また途中経過を書きます

>でもどうして「直筆」と分かるのか、そのこともすごいですね

紫式部が不意に浮かんだ構想をそばにあった写経用の紙に思わず書いてしまった・。後でそれを悔いた式部は経を書写して奉納したということでした。
他にも何枚かあるそうです。
だからと言ってそれが直筆の証拠になるかどうかは・・・。
最後に署名がしてあれば問題ないのですが、長いお経のようで最後は見学者には見えない状態でした。

【須磨明石】の意味
源氏は六の君との密会がばれて、京にいにくくなり須磨・明石の地へ逃げるようにやってきてしばらくのわび住まいが始まるのですが、ナゼ作者は閑居の地を「須磨・明石」と設定したのかがある本に解説されていました。
「須磨」は罪や穢れを除く意味の「澄ます」「澄む」と通じていて、源氏が密会の禊をすますにふさわしい地名だというのです。「明石」は「明かし」「明かす」と通じ、禊をすまして「明るく」なり、また、その地で明石入道の娘にであって源氏の人生がまた明るい方に変っていくことを暗示するのだそうです。
当時の方々は、和歌などにも見られますが、言葉や文字にかける執念がすごいですね。古典を読むとき、もっと文字や単語の一つ一つに注意をしながら読まなくてはいけないのかもしれません。
・・・大変なこっちゃ、デス。

私は明石に行った後、須磨に立ち寄ったので「明石・須磨」と書きましたが、源氏物語では「須磨明石」でしたね。なんとなくもやもやしていた謎が解けました。
須磨と明石の地名にも重要な意味が含まれているなんて、本当に奥が深いのですね。

須磨からの景色が最高でしたが、光源氏もきっと感動したのでしょうね。

話は変わりますが
今NHK(大阪)で「源氏物語千年紀クイズ」と言うのを放映しています。
源氏物語は18カ国で翻訳されているそうですが、日本語の現代語に訳すのも大変なのに、外国語に翻訳なんて、まったく違った物語になっているかもしれませんね。