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古老の話

ちょっとした必要があって、高根町樫山の集落に古老たちの話を聞きに行った。こちらが知りたいことはなかなか聞き出せなかったが、雑談のなかで大変面白いお話を伺ったのでご披露いたします。その地域では「おこしばん」という風習があったというお話。
「おこしばん」とは漢字でかくと「起こし番」となるのでしょう。「火の用心」の当番と同じように、夜「おこしば~ん」「おこしば~ん」と言って町内を歩きまわる制度であったそうな・・・。

「火の用心」は町内の通りを流して歩くだけだが、「起こし番」は、一軒一軒の戸口に立寄って「おこしば~~ん」と呼ばわるそうだ。中から「ごくろうさ~ん」と返事がかかるまで何度でも呼ばわる。それを22:00頃と02:00頃やるのだという。「明方もやらなかったっけかな?」とおっしゃる古老もいたから、もしかしたら夜中、最低3回は廻って歩いたのかもしれない。それも冬の行事だったというから大変だ。廻る方は当番性だからその時だけ大変だが、家々で寝ている方にとっては「返事があるまで呼ばれる」というのだから、毎日ぐっすり眠れなかったに違いない。どちらも大変な行事をナゼやるかと言えば「無事の確認」であったそうな。囲炉裏に火をくべたまま寝てしまって中毒になっていないか、一人暮らしのお爺さんは元気でいるか、強盗やなにかに入られていないかなどなど、村中で気をつけあっていたので、そういう当番があったのだろうと古老達は言う。「親父殿が都合が悪い時は、オイ、お前行ってこう」などとと言いつけられて、小さな時分は大変な仕事だったなぁ、と眼を細めて語る老人。皆相槌を打っている。
「お湯があるよ~」「お湯があるよ~」と呼ばわって家々を廻ることもあったという。
当時は各戸が毎晩風呂を沸かすなんていう風習がなかったから、風呂をたてた家は「今夜風呂をたてたで、どうぞおいでんなって」と隣近所を呼ぶのが慣わしだったのだ。呼びに行くとお駄賃をくれるのでそれが楽しみでもあったという。「おさがりなって」「さぁさおい出なって」と順番にもらい風呂をしては居間で世間話を楽しんでいく。漬物とお茶で話が弾み、風呂のある晩は遅くまで賑やかだったなぁと、古老達はまた目を細めて語るのである・・・。
う~ん、いいなぁ・・・。不便だったんだろうが、その時代を知らない私までなんだか懐かしさに眼が細くなって、遠くを見てしまいそうになった。
ところがそれからが大変だった。
戦後そういう風習が急速に廃れて、農村も荒廃してしまったと口々にいいはじめ、現在の「農政」を鋭く攻撃。いやはや、福田さんや自民党のみなさんにお聞かせしたかった。ま、それは省くとして、一人の古老が「農村から神様がいなくなっちまったから」とおっしゃったのが印象的だったので、それだけ紹介いたしましょう。
彼の理屈はこうである。
「神国日本は戦争に負けた。神風も吹かなかった」
「アメリカのもんが全て良いもんだっちゅうことンなって、神様の居場所がなくなった」
「若いもんの家には神棚もねえ」
「神社の祭には誰もこねえ」
「田植え神事もおこなわねえ」
「田んぼに農薬を使えっちゅうだもの、神様も逃げちまぁ」
「もっとも、農薬や機械なしではもうたちいかね」
「山からも、森からも、生活からも神様は逃げちもうわけサ」
と、さかんに神様との生活ができない現在をなげいておられた。
「おこしばん」も「もらい風呂」も村の中のどこかにいた神様に見守られながら出来たことだと言いたげであった。
なんだか分かる話だなぁ・・・
じゃあどうしたらよいのかは分からない・・・
そのような良き時代の思い出話を語れる人が次第に少なくなっていく現在、、こんな日記にチョコット書き留めておくことも意義あることかと自分に言い聞かせてご披露した次第デス。

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