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山小屋の灯

丹沢の山々は今の私の原点だ。毎夏父に連れられて登った。山小屋の薪を燃す匂いとランプの灯に憧れて「山小屋のオヤジになろう」と固く誓ったのは小学校3年生の時だった。
月日はながれ、私はペンションのオヤジになった。そして昨晩、なんと丹沢の山小屋のオヤジが我家に泊まりにきてくれたのだった! 
あれから50年近い年月がたっている。昨晩のオヤジさんは当然私が知っている山小屋の私が知っているオヤジさんではなかったが、しかし妙に懐かしい。話が弾んだ。
そうだ、丹沢によく連れて行ってくれた父と今度その山小屋に泊まりに行こう、と思って実家の父に電話をした。「今丹沢の山小屋のオヤジさんが我家に来ているよ」と切り出したら大変懐かしそうに「代わってくれ」と言う。オヤジさんと直接話がしたいのだ。92歳の父はひさびさに山の話を誰かとしたいのだ。丹沢の山小屋といっても数は多い。父はあちこちの山小屋についてその消息を聞きだしているらしく、オヤジさんは各地の小屋の現状を報告していた。父が知っている山小屋はだいぶ閉鎖されていたらしく又、父の懇意にしていた山小屋のオヤジ達はほとんどが故人になっていたようだった。そりゃそうでしょう、父は92歳、もう山に登らなくなって20年ほど経っている。
父は「山小屋の灯」という歌が大好きで、よく家でも山でも歌っていた。昨晩泊まってくれたその小屋のオヤジさんはなんと新宿の歌声喫茶「灯」でリーダーをやっていたというではないか。そして今、彼の山小屋では時々イベントとして「歌声喫茶」を開くのだそうだ。まさに「山小屋の灯」である。こんな縁はめったにあるものではない。なんとしても父をその山小屋に連れていきたくなった。
「今度山小屋に泊まりに行こう」と誘ったら、残念ながらもう無理であるとのことだった。その小屋へ行くには最短でも標高差600Mをクリアしなければならない。今の父にはそれはもう不可能であるようだった。う~ん残念だが仕方がない。受話器の向こうの父の声を聞きながら、過ぎし日の山のことなど思い出し、50年という歳月を恨めしくもまた懐かしくも感じたのだった。
電話を切った後、オヤジさんと私は又ワインを一本あけて、いつまでも四方山話を続け、ちょっと面白い企画を考え付いたが、それはまた後日。
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コメント

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こんにちは。
私も「灯」に昔、行きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemuutagoe

コメントありがとうございます♪
横須賀に行ってみたいです・・・
八ケ岳にも年中無休の歌声喫茶「歌おうや」があります。
是非一度お越し下さい。

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