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中山道を歩く

中山道ウオーク第六回目。木曾福島~寝覚めの床の巻。
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浦島さんが龍宮城から帰還した所は天橋立とされていますが、玉手箱を開けた場所は木曾の寝覚めの床です。なぜはるばるここまで来たかというと、浦島さんの親戚が木曾にいるので、それをたよって来たのだそうです。ところがその親戚にも会えなかったのでやむなく玉手箱を開けてみた、ということになっているそうです。ちなみに「浦島太郎の子孫」という方が現在も京都に住まわれて、「浦島太郎の家系図」というものをお持ちです。姓を森さんといい、昔は日下部を名乗ったそうで、開化天皇の皇子、彦坐命の後胤と記されています。また、浦島太郎が行った所は「竜宮城」ではなくて南米だった、という説もあるのだそうです。一種の漂流譚ですね。(タイやヒラメの舞い踊りが南米の女性達のセクスィーなサンバだったとすれば、タダ珍しく面白く、あっと言う間に何年も・・・という話も分かるような気が・・・)
森総本家に残る家系図は家宝として長く「他見に及ばす」だったそうですが、数年前ある史学会の機関誌に発表され知られるようになったようです。

ところで、先日下見に行った時、寝覚ノ床を管理する臨川寺の宝物館に「浦島太郎の釣竿」があったとことを報告しましたが、後日談があります。お宝探偵団というテレビ番組にこの釣竿を出してみたそうです。鑑定人はその釣竿が異様に古いことを(苦笑いしながら)認め、「値段は古すぎてつけようがありません」ということで0円。「ともかくお大事になすってください」と丁寧にはぐらかされてしまったそうです。
その宝物館はこんなものも展示(?)しているので
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どうも信憑性や一貫性に欠き、「釣竿」の評価に影響を与えているのではないかと老婆心ながら心配するのであります・・。
寝覚ノ床の前には「越前屋」という蕎麦屋があって、この蕎麦屋が日本で3番目に古い蕎麦屋であることも前の日記にかきましたが、では1番と2番の蕎麦屋がどこかと聞くと「よく分からないんです」と答えるのであります・・・。どうも木曾のこのあたりはマユツバ話で売っている観光地だなぁ、という印象ですが、特に腹も立たないし、騙されてもどうってことのない話なので、笑って済まされます。かえって潔いじゃありませんか。我が「八ヶ岳」もなんかそういう話をデッチ挙げようかなぁ・・・。
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越前屋にて大宴会。
越前屋には、我らのように意地汚く酒を飲んで長居するお客様はこないらしく、我らが次々に5本単位で日本酒を追加すると、徳利が足りなくなった様子で、我々のテーブルの空いている徳利を探してはあわただしく厨房に持って帰っていた。すみませんでしたね、お騒がせしまして。

ともあれ、道はごらんのようないかにも「旧道」という街並みが続くところあり、
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木曾の山中らしく狭隘な谷川にそって歩く道ありと、楽しみ一杯の道中でした。
雪が舞っていて、谷向いの山々が真っ白だったのには驚きましたが。まだ11月21日ですよ。
温暖化が言われていますが、一方で今年は8月から太陽の黒点が観測できなくなってしまった(現在は多少復活)ことから、冬の極寒も予想されています。黒点がなくなるのは大変希少なできごとで、その年は極寒の冬になるのだそうです。
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しゃべって、笑って、食べて、歩いて、
今日一日は、心身ともに健やかになる「大人の遠足」。
いや~楽しいウオーキングでした。

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