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難所ウオーキング

中山道随一の難所と言われる和田宿~下諏訪宿間の五里十八丁。その間に横たわる和田峠は明治九年には既に古峠と呼ばれていた。新道が開拓されたからだ。街道沿いにあったハズの茶屋や立場などは今、跡形も無い。車の時代になってドライブインが何軒か出来たようだが現在すべて廃墟となっている。ビーナスラインに車を持っていかれたからだろう。僅かに1軒がんばって営業している東餅屋のドライブインを、営業日ではないというのを本日無理に開けてもらって昼食場所&トイレとした。オープンしてくれたご主人、ありがとうございました。
ところで、古道に対する町の姿勢なのだろうか、峠に至る和田宿側の道はよく整備されて気持ちが良かったが、峠から下諏訪に至る側の道は細くて狭くて石が転がっていて、全く整備されていなかった。同じ中山道とはとても思えなかった。和田宿側の町は長和町。峠の向こうは下諏訪町だ。日本全国どこにでもある構図だが、長和町側が設置した中仙道についての看板には峠から向こう(下諏訪側)の詳細情報がまるで掲載されていなかった。そして下諏訪側にはほとんど見るべき案内板がなかった。和田峠を挟んで連続している中山道の、情報は寸断されているのだった。なるほど街道随一の「難所」は現代も「情報難所」として継承されていたのです・・・。同じ観光エリアを持つ隣接した自治体の皆様、どうか仲良くやってくださいな。
写真は和田峠から下諏訪へ向う中山道(悪路)を行くご一行様です。
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ま、昔を偲ぶよすがとしてこういう道を歩くのもきらいではありませんが。
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本日のハイライトの一つ「木落とし坂」 御柱祭で山を曳いてきた御柱をここから落とす。
傾斜は45度あるそうで、上から覗くと真っ逆さまに木が落ちてゆく状況が想像できる。
こりゃ怖い。よい子は木落とし坂で御柱に乗らないように致しましょう。
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国道を走る車の大きさをごらん下さい(>_<)
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ここから下諏訪まで3.7キロをのんびり歩いてゴール。
途中こんな古墳がありました。「青塚古墳」といいます。
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諏訪地方で唯一の前方後円墳だそうです。王が青に転じて青塚となったという説もあります。往時の諏訪地方といえば相当に勢力範囲は広く、そこの「王」だとすればかなりの権力者だったと思われます。下諏訪神社の大祝「金刺氏」の先祖の墓であるという説もあるようですが、「不明」というのが現在の見解だそうです。諏訪というのは不思議なところです。
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