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司馬遼太郎

司馬遼太郎の「未公開講演録愛蔵版」というのを少し前手に入れて積んでおいた。「講演録」だけでなく「書簡」「取材こぼれ話」「対談」など、およそ今まで未公開だったと思われるあらゆる記録が掘り起こされて収録されている、ファン垂涎の本だ。
全8冊。1冊が「新潮45」くらいの体裁だ。背表紙に「司馬遼太郎が語る日本」と、同じように書かれてあるので、同じ本が8冊あるように見える。しばらくそのままにしておいたが、近頃読む本がなくなったので、これを手にとって蒲団にもぐりこむことが多い。面白くて寝られなくなった。ものすごい知識量に圧倒される。筆まめであることに圧倒される。取材過程で出合った市井の人々に丁寧に深い所で接していくその交流の仕方の誠実さに圧倒される。

私は高校生の時少しだけ「図書委員」というのをやっていたことがある。ある日ある女子生徒が「あ~、終わってしまった」というようなタメイキとも呟きともつかぬ言葉を発しながら本を返しにきた。同級生だったので「何読んだの」と聞いたら「コレっ」と言ってカウンターに置いた本が「竜馬が行く」だった。私は「本好き」だったが、そんな難しそうな本は今まで読んだことがなかった。本が難しそうというより「司馬遼太郎」という名前が難しそうだった。そんな名前のヒトが書くものは難しいに決まっている。そう思っていたところへ私と同い年の女の子が愛しげに「竜馬が行く」を読み終わってしまったことを嘆いて、なんとなく茫然としているのだった。私の方が茫然としてしまった。「そんなに面白いの?」と聞く私に「え? この本しらないの? 絶対読まなきゃダメよ」と我に返った彼女は毅然としてそのように言った(と思う)。彼女は少し可愛く、一部ではマドンナ的存在でもあったので、私は「マドンナ」が読む本としてはミスマッチなのではないかと思い戸惑った。しかし、マドンナがそこまで読み込む本とは一体如何なるものかと興味も湧いて、その日さっそく同じ本を借り出して読むことにした。しかし図書カードには彼女の名前しか書かれていない。彼女以外には読まれていないのだった。そんなに「不人気」な本なのか?と躊躇したが、マドンナの下に自分の名前を続けて書くのはなんとなくときめいた。
その日から司馬遼太郎は私の愛読書となった。高校にある司馬遼太郎の本はだいたい読んだ。そしてほとんどの場合その図書カードにはマドンナの名があった。彼女の名前と私の名が並んで書かれているカードが、あの棚に何冊も並んでいるんだ、と思うこともひそかな私の楽しみともなった。

というような司馬遼太郎との出会いを思い出して、今晩は本を読む前から寝られなくなっている(~_~;)
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