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新説・明治維新 読後

私のFBによく出てくる広告「誰も言わない明治維新の真実 新説・明治維新 西鋭夫著」という本。なんか胡散臭く、放っておきましたが、よく見ると「定価2980円の本を郵送料だけ」でOKと書いてあるではありませんか(^^)/ じゃ、買ってみるかとポチしたら、今日届きました。間違いなく送料だけで届き、中に請求書なども入っていませんでした♪。包みを触ってみたらやけに薄い(ざっと100ページ)ので、これで2980円はないだろうと思いましたが、イザ開封して読み始めると、これがなかなか面白い♪ 明治維新のことよりも、他のことが面白い。
「日本では盛んに国際化、グローバル化という言葉が大流行しているが、つまりは欧米化の別名だ。独自の文化や道徳を廃棄することに他ならない。アメリカの大学へ入学のための英語検定のTOFELがあるが、これは日本人には難しすぎるので、日本人がTOEFLを作成している米国の会社に、日本人向けに易しい検定を頼んで作ってもらったのがTOEIC。これは日本と韓国でしか通用しない。アジア27カ国中TOFELランキングは26位。インドでは皆英語を話す、というが、それはインド人の誇りでしょうか」などなどと、なかなかに面白い。(上の文章は、私が西さんの文章をつなげたモノで、この本にその通りの文字列で書かれてあるのではありません)。
歴史は「お金の流れを理解すると見えてくる」というのがこの本の骨格。資金がなかったはずの倒幕軍に、南北戦争が終わって不要になったアメリカの大量の中古武器を、イギリスが日本の植民地化の為に、長崎のグラバー邸を基地に渡していた。それで明治維新成立。文明開化・富国強兵だと喜んでいるが、日本には文明がなかったのか? 強兵にする理由は? さて、現在、在日米将兵4万人に毎年5000億円が流れている、ばかりか、アメリカの中古武器を大量に買わされている。
明治維新から第二次大戦まで77年
第二次大戦から平成30年まで73年
悲劇は繰り返されるのか。

ざっと流し読みしたので、もう一度熟読の必要があるが、なんとなく上のような理解をした。誤解もあるかもしれない。どなたかこの本をお読みの方がいらっしゃったら、レクチャーをお願いしたいものです。
めいじいしん

民主主義とは

佐々木寛さんの言葉「選挙は民主主義の定期試験です。市民は一夜漬けではなく、ふだんから勉強し、実践を積み、本番に臨まなくてはならない。民主主義とは、突き詰めれば、政治の素人である市民による『自治』です。
 ところが、いま学校教育では政治や宗教はタブー視されているようなので、若い人たちは、いわば無菌状態で育ちます。だから政治についての判断も未熟なままです。政治に参加したくても、どうしていいか分からない」


これは、若者だけでなく、学校だけでなく、私達大人の世界でも同じ事ですね。会社内での会話はもちろん、地域の集まりや、趣味の集まり、SNSなどでも、政治や宗教の話題はタブーとされているようなところがあります。政治のことについて、もっと知ろう、誰かに聞こう、と思っても、その「場」がありません。なので、いつまでも「無学の素人」のままです。他の方の意見に触れることもないまま、論戦をすることもないまま、「民主主義」の中に放り込まれます。佐々木寛さんは「市民がふだんから政治と民主主義について自由に議論し、学べる場をつくる」必要性を訴えています。

その「場」を飛矢崎雅也さんはギリシャ時代のアゴラ(公共空間=広場)になぞらえて、毎週一回の自分の講演会を、「広場」にしようとしてい(るように、私には見え)ます。今日はそれが成功していました。
飛矢崎さん1
今日は「飛矢崎雅也さんと語るハンナ・アーレント」の第四回でした。初めての「和室」でしたので、なんとなく寺子屋風でした(^_^)v いつも20名以上集まるこの「広場」に、今日は10名でしたが、相変わらず自由討論の時間は様々に熱を帯びた意見が飛び出しました。「広場」では上下関係もなく、しがらみもなく、司会進行する人物も存在せず、忖度しなければならない何物もないからです。真に「公」の広場とはそういうものだろうと思われました。「会議場で議論する」のとはまるで別物で「居酒屋で放談する」のともまるで別物です。

佐々木寛さんはさらに書いています「こういう場面に時には政治家や政党関係者などにもきていただく。市民と政治家が対等に議論し、互いにリスペクトする関係を作ります。そして政治家の方もそういう民主的な議論に育まれ『市民政治家』になっていく。それが私の描く、民主主義」だと。

ギリシアではソクラテス達が市民と自由な問答を交わし、ローマでは手狭になった広場をカエサルが資金を出して拡張したのだそうだ。日本にもそうした「広場」をつくりたい。

それはそうと、今日の進行は今まで三回とは異なって、細川さん(この会の主催者)が講師の飛矢崎さんと問答しながら話を誘導していく、という展開だった。今何が語られ、次の話とどう関係するか、などの起承転結があって、分かりやすく聞けた。飛矢崎さんの「思いの丈」を全て語り尽くすといった趣向の前三回と比べて、飛矢崎さん自身には物足りなかったかもしれないが、聴講している私達には丁度いい話の密度だった。

次は一週休んで9月28日(金) 14:00~16:00 明野総合会館 中会議室で開催されます。どなたも参加できます。無料です。毎回話のとっかかりは「ハンナ・アーレント」というナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人の女性の話しから始まります。検索して事前にある程度知っておくと、講義がより楽しく聞けるでしょう。

次回もさらなる展開がありそうな予感がしてとても楽しみです。

市民政治の育て方(講演会 9月8日土曜日)

佐々木寛さんの後援会が北杜市大泉総合会館で行われます。
2016年の参議院選挙で、保守王国新潟から今をときめく「ゆうこ姉さん」こと「森ゆうこ」議員を当選させた佐々木寛さん。野党統一候補の擁立に骨を折った人物です。続く県知事選泉田さんの突然の不出馬で、再び野党統一候補を実現させ、米山県知事を当選に導きました。
すごいですね、野党統一候補をたてるだけでも大変なのに、保守王国で勝ってしまう。 「新潟の奇跡」と言われています。その著書「市民政治の育て方」はいまや野党統一候補をたてる市民のバイブルとなっています。
その佐々木さんが北杜市に来ます。講演会は、明日の土曜日です。お知らせが遅くてすみません。

講演会 市民政治の育て方
講師  佐々木 寛
日時  9月8日(土) 13:30開場 14:00開演~16:00
会場  北杜市大泉町 大泉総合会館
参加費 無料


講師プロフィール
 新潟国際情報大学 国際学部教授
 政治学者 平和学者
 専門 国際政治学 現代政治理論 平和研究
 著書 市民政治の育て方
 共著 新世紀の平和研究
 佐々木寛さんのブログ

当日プログラム
 ・講演 佐々木寛
 ・対談 飛矢崎雅也(明治大学講師 政治学者 北杜市在住)
 ・質疑応答

主催 憲法をいかす政治をすすめる会(080-5499-0612)
しみんせいじ2

山の落とし物 考

2018年8月8日 3名で入笠山に行ってきました。次の婚活プログラムの下見登山でした。たまたま登山道に落ちていた飴の包み紙を拾い始めたら、キリがなく(^^;)面白くなって、皆で拾い集めてみました。徹底的に拾い集める、といった感覚では無く、目に付いたものだけを拾う、というお遊び感覚です。
気がついたことを先に書いておきますと、基本的に入笠山の登山道はキレイだった、ということです。登山者達のモラルもあがってきているのでしょうし、山小屋のオーナー達の日頃の管理も行き届いているのでしょう。とても嬉しいことでした。
その反面、あきらかに「うっかり落としてしまったゴミ」だなとすぐ分かる物が沢山落ちていました。
例えば、コレ何だか分かりますか?
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かすかに名前が読み取れますね、おそらく幼児の水筒か何かに貼り付けられたシールでしょう。幼稚園から小学校低学年までの遠足などでは、持ち物に名前を書くことが必須ですね。でも、先生方や親御さん達に気をつけていただきたいのは、「シールは剥がれる」ということです。剥がれるとゴミになります。直接油性ペンなどで書いていただくか、縫い付けられるものには縫い付けるなど、何か工夫をしていただきたく思いますが、いかがでしょう。
例えばその2,コレは何でしょう
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虫除けシールですね。これも夏休みの子供登山などではよく使われ、悪意無く落としてしまうゴミの一つです。貼ったシールが最後まで貼り付けられているかと、親御さんや先生方が確認してあげるといいですね。たとえどこかで落としてしまったとしても、次からの意識付けとなるでしょう。ついでにコチラ↓の写真は多分バンドエイドか何かの包装紙ではないでしょうか?
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あわてて絆創膏を貼るために、つい包装紙の行方までは注意がいかなかった、というところでしょうか。気をつけて頂くほかはないですね。
そして、おそらくウッカリ落としてしまったというゴミのナンバー1は、やっぱり飴の包み紙でした。
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飴は、休憩中に誰かから貰ったり、みんなにあげたりする場合が多いですね。きっとその時はゴミを意識して、捨てる方はいないと思います。皆も見てますし(^^;) ポケットにちゃんとしまうのですが、実はポケットにしまってはいけないのです。ポケットにはハンカチやティッシュやその他の先客がいます。それらを取り出す時に、包み紙は一緒に外に飛び出てしまうのですね。これはおそらくほとんどの人が経験上知っていることですが、ほとんどの人が反省無く繰り返してしまう行為です。工夫してくださいね。
で、飴を製造する側のメーカーの皆さんにも工夫していただきたいのですが、包装紙をちぎって開ける方式は、なんとかなりませんか。ちぎった大きい方はなんとかポケットに残っても、小さい方は、どうしても行方不明になってしまいがちです。

そして、当然ながら意識して捨てていった、と思われるゴミもありました
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靴底が剥がれてしまったのでしょう。ここまでガッツリ剥がれていれば、気がつかない訳はありません。持ち帰って欲しいところでした。下の写真も靴底のカカトの部分でしょうか。
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これ↓はどこの部分でしょうか? 自転車のタイヤ??
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DUNLOPと書かれたものも落ちていました
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まぁこれらも、「落ちてしまった」と解釈できますが、だからイイと言うことにはなりません。
「捨てていったゴミ」は全て、同情の余地のないものですが、お弁当のゴミほど同情の余地がなく腹立たしいものはありません
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あきらかに何か食べ物が入っていたプラ容器
そしてガム
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紙に包んだからといって捨ててイイものではありません。

まだまだ沢山ありましたが、キリがないので、今日はこのくらいで。
メーカーさんにお願いしたいことは、「土に還らない」素材で包装紙や容器を作るのはやめましょう、ということです。今世界中でプラスチック使用禁止の方向に動いています。
食品には消費期限というものがあります。包装紙にも一定の期限が切れると土に還ってしまうものがあってもいいのではないでしょうか。現在「土に還るプラスチック」というものが研究されているようですが、一刻もはやく、そして世界中で、同様の研究が進み、成果が出るように期待いたします。

それまで、私達にできることは、如何に「ウッカリ落とさない」考え方と行動を率先し、かつ啓蒙していく、というようなところでしょうか・・・。
夏休み、楽しく登山やハイキングを楽しみたいですものね♪

天窓にカラス(?)の糞

12月になったので、庭の鳥の餌台にあれこれ乗せてみた。まだあまり来ないが、時折ヒヨドリが顔を出す。昔は「ヒヨドリは小鳥の敵だ」と思っていたが、観察しているとそんなことはないと分かった。それからはヒヨドリも可愛く思えるようになった。しかもウィキで下記のような記述を見つけた
「仔飼いにすると非常によく慣れ、飼い主を見分けることから平安時代は貴族の間で盛んに飼われた。古今著聞集などにその記述があり、現在の競走馬のように個体名が付けられたりして愛玩されたようである。
前述のように、日本国内では都市部を含めごく普通に観察されるが、分布がほぼ日本国内に限られているため、日本を訪れる海外のバードウォッチャーにとってはぜひ観察したい野鳥のひとつとなっている」
なんだかすごい鳥ではありませんか。個体識別ができるようになると面白いかも。
それはそれとして、今朝、天窓に大きな鳥の糞が3か所ベチャっと落とされているのを発見(>_<) 餌をもらったヒヨドリのお礼のつもりか、いつも追い払うカラスの嫌がらせか。窓は手前に開くようになっているので、拭けるとは思うが、ちょっと技術が必要そうだなあ。暖かい日にやるか。
去年まではほんとうに「庭に来る鳥」たちのあれこれなんぞに全く関心がなかったが、人間て老人になると老人っぽくなるものだね。

廃仏毀釈の誤解

先日比叡山延暦寺に行ってきた。その折、麓に日吉大社というのがあって、ついでにお参りしてきたが、これは「ついでに」なんて言ってはモッタイナイので、なんと全国の日吉神社、山王神社、日枝神社の総本宮だったのでした<(_ _)> 2100年前の創祀だそうです。
ここで権禰宜さんから目からウロコ、耳からオヒレ?の話を伺った。ぜひ皆さんにも聞いて頂きたく。
皆様、廃仏毀釈運動というのをご存知ですね。明治になって各地でさかんにお地蔵様の首がはねられたりして、仏教と仏教を象徴する建造物などが排斥された運動です。いくら名実ともに天皇が一番エライことになったと言っても、明治政府はバカなことしたもんだなあと、思っていませんか?私は思っていました。
ところが、事実はやっぱり聞いて見ないと分からない。皆さん、明治政府は決してそんな指示命令を出していないのでした。明治以前の日本は「神仏習合」といって、神も仏も平等でした。神社の境内に五重塔があったりして、さすが八百万の神日本、という状況が全く普通でした。で、明治になり天皇が一番エラクなった時に、政府が出したのは「神仏分離令」でした。ここが肝心です、あくまで「神仏を分離して祀りなさい」という政令で、「仏教を排除すべし」という意味合いは全くありませんでした。ところが、ここ日吉大社は、比叡山延暦寺の親戚のような神社です、昔信長と戦った僧兵がいましたね。そういう「荒っぽい風潮」というものが残っていたのか、境内の五重塔やら仏像やらを破損・廃棄という荒業にでたのです。神社の総本山のようなところがそんなコトをやったものだから、全国の神社系寺院では、一斉に五重塔を焼き払い、仏像を破壊し始めました。この時の破壊のものすごさは、後の学者たちに「もしあの時そんな運動がなかったら、日本の国宝や重要文化財は現在の3倍は残っていただろう」と言わしめたほどです。末端では小僧や庶民までもが地蔵様の首をはねたりする始末でした。政府から調べにくるのではねない訳にはいかなかった事情もありました。
そんな「運動」がここ日吉大社から始まってしまって、今でも本当に申し訳なく思っているのです、と150年前の出来事を我が身の恥じのようにおっしゃる権禰宜さんの言葉は誠実で、「ですので、皆様も是非今日私から聞いた話を、機会あるごとに周囲の方々にお伝えくだされば、大変嬉しいです。是非この件で明治政府が憎まれるという誤解を解いてください」と熱心におっしゃるので、ここに書きました。いや~、ほんとうに思い込みってのはあるもんですねえ。まるっきり誤解してましたから。